自衛隊の階級には「大佐/中佐/少佐/大尉/中尉/少尉」などではなく「一佐/二佐/三佐/一尉/二尉/三尉」などを使う(厳密には、例えば「一佐」は「一等陸佐/一等海佐/一等空佐」などの略)。 最近、これを「大佐」などに変えようというのが急に政治課題になってきた。 その是非はともかくとして、その根拠として「国際標準に合わせる」などという飛んでもないデタラメが主張されているのは困った話である。
国際標準に「大佐」などという階級は存在しない。 欧米の軍隊の階級を「大佐」などと和訳するが、これは「大佐に相当する階級」を便宜的に「大佐」と訳しているに過ぎず、原語を直訳しても「大佐」などには絶対にならない。 直訳して「大佐」などになる可能性があるのは漢字文化圏の軍隊の階級だけである。
言い換えると、例えば通常「大佐」と和訳することになっている欧米の軍隊の階級を「一佐」と訳しても全く問題が無いのである。 実際、日本の自衛隊で「一佐」などの階級を英語で表現する場合には、欧米の軍隊の相当する階級に訳しているようである。 つまり「一佐」などを「大佐」などに改称しても、国際標準への適合という意味では全く変化が無い。
具体例でみてみよう。 例えば米国(アメリカ合衆国:United States of America)の陸軍士官の主要階級は以下の通りである。
| 通常の和訳 | 英語階級名 | 直訳 |
|---|---|---|
| 大将 | General | 将軍 |
| 中将 | Lieutenant General | 将軍代理 |
| 少将 | Major General | 上官将軍 |
| 大佐 | Colonel | 隊長 |
| 中佐 | Lieutenant Colonel | 隊長代理 |
| 少佐 | Major | 上官 |
| 大尉 | Captain | 指揮官 |
| 中尉 | First Lieutenant | 第一代理官 |
| 少尉 | Second Lieutenant | 第二代理官 |
これが海軍では以下のようになる。
| 通常の和訳 | 英語階級名 | 直訳 |
|---|---|---|
| 大将 | Admiral | 提督 |
| 中将 | Vice Admiral | 副提督 |
| 少将 | Rear Admiral | 後方提督 |
| 大佐 | Captain | 指揮官 |
| 中佐 | Commander | 司令官 |
| 少佐 | Lieutenant Commander | 司令官代理 |
| 大尉 | Lieutenant | 代理官 |
| 中尉 | Lieutenant junior grade | 若手代理官 |
| 少尉 | Ensign | 旗手 |
他の欧米諸国についても、細部は種々異なっているものの概ね同一(あるいは直訳)の階級呼称になっているようである。
欧米の軍隊での階級が現在のような形になった経緯は、当然ながら単純ではないようである。 ただ、元々は単純だったものが複雑化していったことは確かなことらしい。 そして、上記の「直訳」からも判る通り、語彙としては「具体的な職務内容」を示す肩書である。 それが歴史的な経緯で、実際の職務と無関係に使われるようになったようである。
おそらく、軍が組織化されるにつれ「この人は実際には隊を率いてはいないが、陸軍隊長と同格である」などとする必要が発生したものと考えられる。 その結果、例えばcolonelという言葉が「隊長」という職務から切り離され、「大佐」という訳語にふさわしい意味に用いられるようになったものと想像される。
当初は陸軍と海軍とで独立に階級が制度化されていったであろう。 しかし、各軍の枠外の場(例えば国王の前での儀式)においては、「陸軍のcolonelと海軍のcommanderはどっちが偉いんだ?」というようなことを決めねばならなくなる。 そこで、元々存在した階級に「**代理」だとか「第二**」だとかいうのを適宜追加して階級の数を合わせ、対応が取りやすいようにしたのだと思われる。
「大佐」などの階級は第二次世界大戦前の日本軍のものであり、明治初期に近代的な軍隊が整備される際に、かなりの試行錯誤を経て決められたようである。 いずれにしても欧米の軍隊の階級と1対1に対応する必要があることは当初から認識されていたであろう。
ただ、当時の日本政府には歴史的シガラミは全く無いわけだから、陸軍と海軍とで別の階級名を作る必要も無ければ、複雑に込み入ってどっちが偉いのかよくわからない呼称にする必要も無かったハズである。 その結果、上記「通常の和訳」欄のような、スッキリと整理された階級名ができたのであろう。
日本軍の階級名は律令の官職名を参考に決められたと考えられる。 「大将/中将/少将」というのは、天皇の身辺警護にあたった「近衛府」(左右の2つがあった)の幹部の役職名である。 近衛大将というのは、武官の常設官職としては最高のものであった。
佐官と尉官については近衛府より1ランク格が低い「兵衛府」「衛門府」の役職名が元になっていると考えられる。 「督(かみ)」「佐(すけ)」「大尉(たいじょう)」「少尉(しょうじょう)」と並ぶが、長官を意味する「督」が同じ組織の中で「大将/中将/少将」と併存するのはおかしいので避け、「佐」は音読みの「さ」に読みを変えたうえ「大中少」を付け、「中尉」も補って数を揃えたものと想像できる。 「尉」の読みを「じょう」から「い」に変えたのは単に呼びやすさの問題であろう。