「相棒」甲斐刑事の絶対音感

 2012年10月10日に、相棒Season11の第1回放送があった。 この中に、杉下警部が2発の銃声を聴き分けて発射順序を特定し、現場に居合せた関係者の証言に矛盾がある(つまり口裏を合わせて偽証している)ことを指摘する場面がある。 この指摘に対して、それは杉下警部ひとりだけの記憶情報に過ぎないと喰い下がったところへ、甲斐刑事が追い討ちをかけて、偽証を認めさせることに成功する。 即ち、自分は銃声を聴いて機種を特定することはできないが、銃声の音高は判るから、後で試し撃ちをしてもらえば判断できると言ったわけである。

 これは、この回で初登場の甲斐刑事に「絶対音感」という特技があるということを紹介するエピソードなわけである。 面白い設定であるが、残念なことに甲斐刑事の科白と放送された効果音との間に矛盾があった。 甲斐刑事の科白では「一発目はG♯、二発目はF♯」となっていたが、効果音は「一発目がF♯、二発目がG♯」であった。 即ち、二発目の方が全音高かった。 トリックの根幹に関わる設定なんだから、きちんと矛盾無く収録して欲しいものだ。

補足:銃声の音程感

 ネット上の議論をチラチラ見ていると、銃声に音程感が持てるということ自体が議論になっている事例が目につく。 そこで銃声の音程感というものについて改めて考えてみると、これはこれでなかなか奥が深そうである。

 絶対音感を持っていることを「救急車のサイレンにも音高を感じる」と表現することがよくあるが、不思議な話である。 救急車のサイレンや船の汽笛(霧笛)は、音楽以外の場で日常的に耳にする音の中で、特に音程感が明瞭な音の代表例であり、他の音に較べて音高を感じやすいからである。

 これらの音の音程感が明瞭なのは、「単音」で作られていて「和音」になっていないからである。 おそらく、遠くに居る人に「存在を認識させる」ことを目的とする信号音だからだろう。 「単音」だと、遠い場所に届くまでに減衰して雑音の中に埋もれかけているような音でも、元と同じように聞こえるからである。 これに対して、自動車や電車の警笛など、専ら近くに居る人を対象とした信号音は、和音(主に不協和音)を使うことが多い。

 では、銃声はどうかというと、瞬発的な音で、音高を決定する要因が独立に多数あると考えられ、音の構成も短時間で変化すると考えられるが、そのわりには比較的明瞭な音程感がある。 おそらく、銃身が共鳴管として作用するなど、音高を安定させるようなメカニズムが何かあるのだと思われるが、詳しくは判らない。

 相棒Season11第1回の効果音に使われていた2つの銃声は、音程感の明瞭さが大きく違っていた。 「一発目のF♯」の方が明瞭だったのである。 おそらく、全体の音程感を支配している「F♯」音と矛盾する音が充分に小さいのであろう。 「F♯」以外の音が鳴っていたとしても、それが「F♯」と協和音を構成できる関係にある音であれば、「F♯」と一体の音として聞こえるので、「F♯」の音程感を妨害しない。 このような音には、「F♯」と同じ共鳴メカニズムが働いている可能性が高い。

 それに対して、「二発目のG♯」では、「G♯」と矛盾する(音程感を妨害する)音が無視できなかった。 特に、後に残る残響音では、そちらの方が支配的だったと言えるかもしれない。 この音は、「G♯」より少し低い「F♯」に近い音で、おそらく「G♯」と別の共鳴メカニズムが働いている音である。 実は「全体の音程感を支配する音」は、聞き手がどういう音に意識を集中しているかなど、聞き手の心理状態に依存して変わることがある。 何らかの理由で「G♯」と矛盾する方の音が支配的に聞こえてしまった場合、二発目の方が音高を低く感じるかもしれない。 もちろん、このように音程感が不安定であることが二発目の銃声の特徴である。 理屈が解っていなくても、この不安定さを感覚的に理解することができていれば、銃声の弁別は当然可能である。


2012年10月14日初稿/2012年10月30日最終改訂/2013年10月17日ページ分離/2014年6月30日文字コード修正

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