「悪魔の手毬唄」原作からの変更の継承

 何度も映像化されている小説作品は、先行する映像化で有名になった改変が以後の映像化にも継承され、それが原作での設定であるかのように誤解されてしまうことがある。 横溝正史の金田一耕助登場作品「悪魔の手毬唄」には、そのような内容が細かく多数ある。 これを整理してみた。

 「悪魔の手毬唄」の映像化は8作を数えるが、影響力が大きいのは1977年の劇場映画であり、それ以前の2作には後の作品への影響があまり見られない。 他の6作品を以下の略号で参照する。 以下で略号ではなく「―」としている作品は、その項目について原作通りである。

事件発生年および被害者3名と別所千恵子の年齢
石連古鶴―加:原作の昭和30年を昭和27年に変更、23歳を20歳に変更(「鶴」は昭和30年で20歳、つまり昔の事件を3年遅らせている)
別所千恵子の芸名
石――鶴――:原作の「大空ゆかり」を使わず本名で活動
咲枝の婚後の苗字
石――*―加:原作で不明のところを「司」と設定(「鶴」では仁礼家に留まって文子を育てている)
青池源治郎の芸名
石――――加:原作の「青柳史郎」を「青柳洋次郎」に変更
本多先生の世代交代
石連古鶴稲加:原作で23年前に検死した本多先生が先代であるところを、当代に変更
過去の事件の説明
石連古*稲加:原作で磯川が鬼首村を紹介する際に説明しているところを、現地に入ってから磯川(「連」では放庵、「加」ではお幹)が説明する設定に変更(「鶴」では別所母娘の依頼で来村しており事前に説明を受けている)
別所千恵子(大空ゆかり)歓迎会
石連?鶴―?:原作の野外イベントを邸内での同窓会(「鶴」では芝居小屋でのイベント)に変更(「古加」は歓迎会の具体的な描写が無い)野外での描写は「連加」では花火のみ、「石古鶴」では到着時の出迎えのみ
里子による泰子を連れた老婆の目撃
石連古*―加:原作で「かくれんぼ」しながら会場へ行く途中で近接遭遇したところを、単に出遅れて会場へ向かう途中での少し遠くからの目撃に変更(「古」では離れて歩く両者を続けて目撃、「鶴」では歓迎会に参加していない)
文子の死体発見状況
石―古*稲加:原作で樽の横で倒れて大判小判を持たされているのを、樽につけられて大判小判が上に(「稲」では大判小判を持たされたうえ樽の上に)吊るされている状況に変更(「鶴」では樽の横で大判小判の下に逆吊り)
文子の死体発見経緯
――――稲加:原作で特にきっかけが無いところを、文子の血などで味が変わった葡萄酒を飲んで気付いた設定に変更
五百子による手毬唄
石―古*―加:原作で文子殺害後に娘うた3番が欠けた形をまとめて歌った(「連」では庄屋うた無し)のを、泰子と文子の殺害時に1番ずつ思い出す形に変更(「鶴」では手毬唄は異なる歌詞で広く知られていた)
里子が犯人に気付くタイミング
石?古?―加:原作で泰子殺害直後にリカが変装して帰宅したのを目撃したと推測されるところを、泰子の通夜での目撃に変更(「連鶴」は明確でない)
里子が高祖頭巾を外すタイミング
石―古鶴―加:原作で泰子殺害後(目撃情報について聴取を受けたときには既に外していたとの描写、「連」では聴取を受けている途中、「稲」では泰子霊前で外すが帰途に再び着用)のところを、文子殺害後(「鶴」では翌朝、「石古」では家を出て通夜へ向かうとき、「加」は通夜式場に入るとき)に変更
里子殺害時の服装
石連―――加:原作で里子が洋装に着替えて千恵子に扮していたのを、千恵子も和装だった設定に変更(和装に戻そうとして果たせず半裸で発見されたという設定は「古鶴稲」でも不採用)
リカが誤認殺害に気付くタイミング
石―古鶴―加:原作で殺害直後に気付いたところを、翌日まで気付かなかった設定に変更(「石加」では歌名雄(「鶴」では千恵子)の通報にショックを受ける場面が描写されているが、「古」では大慌てで現場へ駆けつける場面から)
里子殺害後のリカの行動
石―古鶴―加:原作であくまで千恵子を殺害しようと計画を巡らせるところを、千恵子を呼び出して真相を語る(「鶴」では里子の遺品の前での独り言を金田一が聞く、「加」では真相に気付いて訪ねてきた千恵子を衝動的に殺害しようとする)設定に変更

 金田一が総社(「鶴」では弓削村、「加」では山田村)へ出向いた理由(その往路で老婆に遭遇)については、各々以下のように扱われている(原作では何の用件だったか明記されていない)。

 なお、原作の設定を単に省略した映像化が多い内容としては、以下を挙げることができる。
青年団の総社への出迎え 石連古鶴稲加
放庵が恩田殺害現場から転居していた設定 石―古鶴稲―
山椒魚 ――――稲加
泰子への手紙の前半が隠されていた設定 石連古鶴稲加
泰子殺害のために一度持ち出した枡と漏斗を辰蔵が工場に持ち帰った設定 石連古鶴稲加
立花捜査主任または相当人物の存在 ―連―鶴稲―
日下部是哉の存在 ―連古鶴稲―
ゆかり御殿の存在 石連古鶴―加

 1977年版劇場映画では「咲枝の苗字」と「源治郎の芸名」以外にも固有名詞の変更が以下のように多々行われているが、継承されていない。


2021年7月11日初稿/2021年7月20日最終改訂

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