通算第3回(1997年1月号)

都合により、第1講「イタリア語に親しもう」は、しばらく休載させていただきます。 代わって、これからしばらくの間、新しい講座を進めますので、乞ご期待!

第2講:童謡の周辺(第1回)

 まずは、「春の小川」の歌詞について考えてみましょう。

春の小川はサラサラ行くよ / 岸のスミレやレンゲの花に
姿優しく色美しく / 咲けよ咲けよと囁きながら
サラサラ「行くよ」なんて、なんだか日本語として不自然な気がしませんか? 実はこれ、元の歌詞から改訂されているんです。 元はこんなのでした。
春の小川はサラサラ流る / 岸のスミレやレンゲの花に
匂い目出度く色美しく / 咲けよ咲けよと囁く如く
つまり、「流る」だとか「如く」だとかいう、文語調の歌詞は子供には難しいというので変えてしまったわけです。

 「春の小川」は、現在では「高野辰之作詞/岡野貞一作曲」となっていますが、10年以上前の出版物では単に「文部省唱歌」となっています。 実は長い間「作詞作曲者不明」だったのです。

 元々、文部省唱歌というのは、戦前の国定教科書作りのために、文部省の仕事として新たに作った歌で、文部省の方針として作者の個人名を出さなかったのです。 そのため、最近になって作詞作曲者が判明したものが多く、中には「雪」などのように、いまだに不明のままのものもあります。

 こういう事情ですから、歌詞も、文部省の役人的判断で勝手に変えられてきました。 他に、大幅に歌詞が改訂されたことで有名なものに「村の鍛治屋」があります。

強調文字が元の、【】内が現在の歌詞)

暫し(しばし)も止まずに【休まず】槌打つ響き
飛び散る火の花【火花に】走る湯玉
鞴(ふいご)の風さえ息をもつかず
仕事に精出す村の鍛治屋

主(あるじ)は名高き一国老爺(いっこくおやじ)【働き者よ】
早起き早寝の病(やまい)知らず
鉄より堅しと誇れる腕に【永年鍛えた自慢の腕で】
勝りて堅きは彼がこころ【打出す鋤鍬(すきくわ)心こもる】



通算第4回(1997年2月号)

第2講:童謡の周辺(第2回)

 「おもちゃのチャチャチャ」(野坂昭如作詞)の2番の歌詞を覚えていますか?

鉛の兵隊トテチテタ / ラッパ鳴らしてこんばんは
フランス人形素敵でしょ / 花のドレスでチャッチャッチャ
ん? 「トテチテタ」って何?
答えは、陸軍の「進軍喇叭(ラッパ)」の音を表わす擬音で、大正期ごろから絵本などで使われるようになったものだそうです。 しかし、それにしても、「トテチテタ」って一体何の音でしょうね?

 実はこれ、喇叭手を速成教育するために考え出された音名なんです。 陸軍では喇叭を合図に集団行動を行っていました。 そのために、喇叭手を大量養成する必要があったのです。 普通の兵卒に西洋音楽の基礎知識など期待できない時代ですから、最小限の教育で養成できるよう、専用の音名を考案したわけです。 即ち、タンギングに対応するタ行やダ行の中からいくつか選んで、発音する時の口の緊張の順に並べ、緊張の強い音ほど高い音の音名に使うようにしました。 こうすれば、喇叭を構えた状態で、音名で覚えた曲をそのまま歌えば、曲が吹けるという目論見です。 本当かな?

ドトタテチ

 いくつか有名な合図を、この音名で書いてみましょう。 (「」内は軍隊内で自然発生的に付けられた歌詞で、他にも種々の流儀があります)

【起床喇叭】「起きろ起きろみんな起きろ、起きないと聯隊長に叱られる」
タッタ ター、 トット トー、 タッタ タッテ ター
テッテ テッテ チッテ チッテ トット トット ター

【就寝喇叭】「兵隊さんは可愛想だね、また寝て泣くんだね」
トットトトットッ タッテッタッテッ チー
チッテッチッテッ タッテットットッ ター

【突撃喇叭】「出てくる敵は、みんなみんな殺せ」
タッタ トット タッタ ター、 テッタ テッタ トット ター

【食事喇叭】=正露丸のコマーシャルでおなじみ
タッタタタッタッ テッテテテッテッ ターッテタッテッ トットットー
タッタタタッタッ テッテテテッテッ ターッテタッテッ ター



通算第5回(1997年3月号)

第2講:童謡の周辺(第3回)

 童謡の作詞作曲者と言うと、誰を思い浮べますか?

中田喜直、山田耕筰、大中恩、中山晋平……
なるほど、オーソドックスなところですね。
岡野貞一、林柳波、高野辰之……
それって、戸田が作った「童唄メドレー」の著作者表示を見てません? 文部省唱歌の作者で、最近まで無名だった人たちですね。 では、こんなところはどうですか?
滝廉太郎、山本直純、野坂昭如……
エ、と思う人も居るかもしれませんね。 野坂昭如は前回「オモチャのチャチャチャ」の作詞者として紹介しました。 他にも童謡の作詞をいくつか手掛けています。 山本直純は「コブタヌキツネコ」の作曲者です。 作詞にも彼の名前が挙ってるけど、「作詞者不詳」の方が実態なんじゃないでしょうか? きちんと楽曲の詞にまとめた(?)のは間違い無く彼の功績なんでしょうけど……

 滝廉太郎は、実は「お正月」の作曲者なんです。

もう幾つ寝るとお正月 / お正月には凧揚げて
駒を回して遊びましょ / 早く来い来いお正月
作詞者の東くめは幼稚園教諭で、東京音楽学校(現東京芸大)で滝の先輩でした。 彼女の夫で東京女子高等師範(現お茶の水大)教授だった東基吉が「口語体の易しい幼稚園唱歌を作ろう」と企画して、全部で20曲(うち滝の作品17曲)を作ったのですが、どうしたことか、そのうちの「お正月」1曲だけが特に有名になってしまったわけです。

 他に面白いところでは、「結んで開いて」(作詞者不詳)があります。

結んで開いて手を打って結んで
また開いて手を打ってその手を上に
さて、この曲の作曲者はだれでしょう? 答は
ジャン=ジャック ルソー
です。 なんでまた啓蒙思想の大家が、と思うかもしれませんが、元々は彼が作った「新作賛美歌」だったようです。 それの替え歌なんですね。

 賛美歌の替え歌というと、下の「狸の歌」もそうなんですって。 なんとも罰(バチ)当たりな歌詞をつけたものですね。

タンタン狸

誰ですか、「狸」は「天王星」の替え歌だろうなんて言ってるのは!



通算第6回(1997年4月号)

第2講:童謡の周辺(第4回)

 「汽車ポッポ」(富原薫作詞)を唄ってみてください。

汽車汽車 シュッポシュッポ シュッポシュッポ シュッポッポ ……
ブー、それは覚え違いですよ!
え、正しくはどうかって? 「汽車ポッポ」なんだから、次のようになります。
汽車汽車 ポッポポッポ シュッポシュッポ シュッポッポ ……
「兎のダンス」(野口雨情作詞)も、よく誤って覚えられています。
タラッタラッタラッタ 兎のダンス ……
というのは間違いで、
ソソラソラソラ 兎のダンス
タラッタラッタラッタラッタラッタラッタラ ……
というのが正しい歌詞です。 では「団栗(どんぐり)コロコロ」(青木存義作詞)はどうですか?
団栗コロコロ ドンブリコ / お池にはまって さあ大変
この「ドンブリコ」を「ドングリコ」と覚えている人が多いようですね。

 少し話が違いますが、「赤い靴」(野口雨情作詞)

赤い靴履いてた女の子 / 異人さんに連れられて行っちゃった
は、間違えて理解している子供が多いようです。 「異人」という言葉に耳馴染みが無いからでしょう。 私の姪も1才のころ、この歌を唄ってやると、歌詞に合わせて「人参」を指差していましたから、そう理解していたんでしょう。

 ちなみに、思い違いパターンの中で私が大傑作だと思うのは、「いい爺さんに連れられて……」というものです。 一体どういう情景なんだ……

 かく申す私ですが、絵本の影響なのか、小さい頃からこの歌と横浜港の風景がリンクされていて、情景の誤解はありませんでした。 ところが、やはり「異人」という語彙が無かったため、ずっと「外人さんに連れられて」だと思っていました。 いろいろ聞いてみると珍しいパターンのようですね。

私事に深入りしてしまったところで、第2講は終りとさせていただきます。 次回は第1講「イタリア語に親しもう」の再開になるか、新しい話題を進めるか、まだ決めてませんが、とにかく続けるつもりです。 お楽しみに!



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