通算第56回(2001年6月号)

 今秋の演奏会で藤田玄播の「天使ミカエルの嘆き」を取上げることになりましたが、 「天使ミカエル」ってどういう天使なんでしょうか? その前に、そもそも「天使」って何でしょう?

第11講:天使って何?(第1回)

 「天使」は英語angelラテン語angelusなどの訳で、聖書にも度々登場する概念です。 聖書のうち新約聖書はキリスト教独自のものですが、旧約聖書はユダヤ教の聖書そのものですし、イスラム教でもコーランに先行する聖典として扱われています。 従って、天使という概念もユダヤ教・キリスト教・イスラム教で共有されています。

 聖書に出てくる言葉ですから、もちろんギリシャ語やヘブライ語まで遡れます。 元々の言葉の意味としては単に「使者」というだけに過ぎません。 神からのメッセージを伝達したり、神の意思に基づいて行動を起こしたりする存在です。 そして、それが具体的にどのような存在であるのかは、実は聖書には記述されていません。 現にプロテスタント系のキリスト教団では、天使を「人格」的な実在と考えて論ずるのは誤りであると考えているようです。 単に宗教的な概念を擬人化して説明したに過ぎないというわけです。 カトリックでも最近はそれに近い考え方のようです。

 しかし、中世の神学者たちは、天使を「人格」のある存在と考えました。 そして、どのような名前のどんな役目を負った天使が存在するかを整理して体系付けようとしたのです。 天使の世界にも階級制度があるとして9段階の階級を定めたりしました。 そして、主に中東近辺で語られてきた霊的な存在を天使の世界の中に充てはめていったのです。 おなじみの「背中に翼がある」天使の姿も、この作業の中で生まれたようです。

 天使は単なる「使者」で神ではありませんから、人間と同じように堕落することもあると考えられました。 そして、堕落した天使(堕天使)を「悪魔」と同一とする考え方もあります。 少なくとも悪魔の長「サタン」が「堕天使ルシファー(ルキフェル)」の“なれの果て”であるとするのは、ほぼ定説と言っても良いでしょう。

 次回以降、「ミカエル」を中心に、具体的にどのような天使が居て、聖書ではどのように描かれ、中世の神学やそこから派生した諸俗説ではどのように考えられているかを見て行きたいと思います。



通算第57回(2001年7月号)

 前回に引続いて、天使の世界の中で「ミカエル」がどのような位置付けにあるのか見てみましょう。

第11講:天使って何?(第2回)

 中世神学や諸俗説では、天使社会の支配階級として「四大天使」ないし「7人の大天使」を列挙しますが、どういう天使が列せられるかは必ずしも一定していません。 ユダヤ教では重視されるがキリスト教では軽視される天使というのもあるようです。

 いずれにしても、支配階級の天使の中に「ミカエル」と「ガブリエル」の2人は確実に入ってくるようです。 共に旧約聖書にも新約聖書にも重要な場面で登場し、「ガブリエル」はイスラム教の聖典“コーラン”にも登場します。

 「ミカエル」と「ガブリエル」には明白な役割分担があることが、聖書に登場する部分をざっと読むだけでも判ります。 即ち、「ミカエル」は邪悪なものと戦い、「ガブリエル」は宗教上重要なメッセージを伝えるのです。 となると、この2つの名前は「人格のある存在を呼ぶ“固有名詞”」ではなく、「戦う天使」「伝える天使」という意味の“普通名詞”と解するのが実は正しいのかもしれません。

 「ミカエル」という名は旧約聖書では「ダニエル書」に2回、新約聖書では「ユダの手紙」と「ヨハネの黙示録」に各1回登場します。 特に「ダニエル」「黙示録」の2つが“黙示文学”であること、つまり読んで文字通りには理解できない変な文章であることは注目に値するかもしれません。 例えば「黙示録」には「7つの角と7つの目を持つ小羊」というのが出てきますが、そのまま絵にしたら化け物ですよね。

 両者の成立時期を調べてみると、教団が弾圧されていた時代に教徒を鼓舞する目的で書かれたものであるということが判ります。 そんな時期に、誰にでも容易に理解できる文章で表現したりしたら、その文章自体が弾圧の対象にされて抹殺され、目的を達することができません。 そこで、教徒としての基礎知識が無いと理解できない暗号的表現を用い、さらに暗号的表現ゆえに“奇怪な世界”になった文章内容自体が「夢に見た世界」であると取り繕ったりして、何とか弾圧の目を逃れようとしたらしいのです。

 そういう文章ですから、弾圧者と戦って勝利をもたらすキャラクタとして「戦う天使ミカエル」が登場するのは当然のことかもしれません。

ちなみに、上述の「小羊の化け物」は「全知全能のイエス・キリスト」を意味するそうです。

参考資料

白取春彦「この一冊で聖書がわかる!」知的生きかた文庫(三笠書房)



通算第58回(2001年8月号)

 「天使ミカエルの嘆き」の作曲者である藤田玄播は、曲目解説の中で「ヨハネの黙示録」から着想を得たことを明言しています。 そこで、「黙示録」に描かれたミカエルについて追ってみましょう。

第11講:天使って何?(第3回)

 「ヨハネの黙示録」は新約聖書の最後に配列されている文書です。 堕落した人間への神の怒りとして天使と悪魔との「最終戦争」を伴った天変地異が起こり、信仰の正しい人間とそうでない人間が選別されて裁きが下される「終末の世界」を描写していると理解されることが多いようです。 具体的には、以下のような構成になっています。

第1〜3章 前口上
第4〜7章 神の右手にある巻物に施された 7つの封印を小羊が順に解く
第8〜11章 7つめの封印を解くと7人の天使が現れ、順にラッパを吹くと 天変地異が順に起って世界が3分の1ずつ滅びる
最後のラッパが鳴ると、神の国が実現されたことが宣言される
第12〜13章 天に「しるし」たる女(キリスト教徒)と 龍(悪魔・迫害者)が現れ、ミカエルが戦って龍を地上へ落とすが、 龍とその権威を受けた獣(ローマ皇帝)が地上で迫害を行う
()内は暗号的表現の解釈
第14〜16章 キリスト教徒たちにメッセージが伝えられた後、 7人の天使が7つの鉢を順に傾けて災害を起こす
第17〜18章 正しくない者は酔いしれているが、 天使が滅亡を予告する
第19〜20章 獣の軍勢が神に戦いを挑んで敗れ、龍は1000年間封印される
1000年の期間の後、死者が「いのちの書」に従って裁かれる
第21〜22章 裁きの後に現れる神の国の様子の描写/結口上

 「黙示録」に描かれた状況を一般に「ハルマゲドン」と呼びますが、これは第16章で悪霊たちが天使(と神)に戦いを挑むために全世界の王たちを召集した場所の地名で、「メギドの丘」という意味だとも言われています。 ちなみに、メギドはエルサレムから70kmほど北上したあたりで、古来度々戦闘の場所となったようです。

 実は「ミカエル」という名は「黙示録」に1回しか出てきません。 第12章第7〜9節で、ミカエルの率いる軍団が天上で龍の姿をした悪魔(サタン)の軍団と戦って討ち負かし、地上に投げ落とします。 この龍は第20章第1〜3節で「天使」によって千年間封印されてしまいますが、通常はこの「天使」もミカエルであると理解されています。

 「黙示録」には他にも名前が特定されない「天使」が何度も登場します。 そして、多数で登場するときは「7人」です(4人と3人に別れることはありますが)。 通常、この7人はミカエルやガブリエルを含む地位の高い天使であると考えられているようです。 となると、ミカエルはラッパを吹くし、龍と戦うし、葡萄の刈り取りを命ずるし、災厄の鉢を傾けるし、龍を封印するし、大忙しですね。

 また、この7人の天使が最初にラッパを吹きならすことになっていることにも注目してください。 この「ラッパ」というアイテムは「黙示録」の解釈上かなり重要視されているようです。 従って、「黙示録」を意識した音楽に「ファンファーレ」が出てきたら、それは天使が何かを告げていることを意味すると考えるのが妥当でしょう。



通算第60回(2001年10月号)

 前回は「ヨハネの黙示録」に描かれたミカエル像を見てみましたが、そこからの発展として中世神学で描かれてきた「天使の世界」についても少し見てみましょう。

第11講:天使って何?(第4回)

 「黙示録」には、「ミカエルとその部下」が龍(=サタンの象徴)を討ち倒して千年間封印するとあります。 そして、これを至福千年王国(ミレニアム)の実現と考える説もあるのですが、さて、これはいつの話なんでしょうか?

 今から約千年前、西暦1000年を迎えるに際して、「黙示録」に描かれた「千年後の世界」が実現するという考えもあったようですが、結局それらしき事件はありませんでした。では、もっと未来なんでしょうか?

 実は、ミカエルとサタンの関係に関して、以下のような話が一般的に受け入れられています。 かつて、天使長の地位にあったのはルシファー(ルキフェル=「明けの明星」の意味)でした。 自分の力を過信して慢心したルシファーは、神に取って代わろうと反乱を起こしますが、敗れて「堕天使」となり、悪魔の長サタンになったというのです。 そして、このとき神の側で戦いを指揮したのがミカエルであり、ミカエルはその功績により、ルシファー追放後の天使長の地位を引継いだというのです。

 さらに、この戦いが「黙示録」に出てくるミカエルの戦いであり、かつ旧約聖書イザヤ書第12章に出てくる「明けの明星が堕ちた」というのもそうだと言うのですが、そうなると時間の前後関係が解らなくなってきます。 そもそも、サタンは蛇の姿でエデンの園に居て、エバ(イブ)を誘惑して禁断の木の実を食べさせたりしているんですよね。 となると、ルシファーの堕落はそれ以前なのでしょうか?

 というように、「天使の世界」は矛盾だらけで、深く考えるほど訳が解らなくなりまいます。例えば天使の階級は、古くは天使(angel)の上に大天使(archangel)があるだけだったようです。 しかし6世紀に書かれた文献では、その上に7階級を追加して9階級になっています。 そうすると「天使長ミカエル」が大天使というのが矛盾になるので、過去の戦いで昇格したことにされたり、「階級制度」であるにも関わらず複数の階級に属する天使が想定されたり、メチャクチャになっています。

 この9階級は真面目な百科事典などにも載っているので詳述しませんが、よく読んでみると基本的に「職能分類」なんですよね。 それを単純な順位を伴った「階級」と考えてしまったのが間違いなのかもしれません。

 このように、ずいぶんトンデモナイ「天使の世界」ですが、西洋社会の中では無視できないものです。 例えば「ミカエル」は「Michael」のラテン語読みですが、英語読みにすると「マイケル」です。 さらにフランス語読みだと「ミッシェル」、ロシア語読みだと「ミハイル」(例えばゴルバチョフ元書記長の名前)になります。 「天使の世界」は馬鹿にならないほど日常生活に入り込んでいるのです。



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