通算第87回(2004年1月号)

 少し前に、インターネット上のNCEの掲示板で、Euphoniumのカタカナ表記のことが話題になりました。 ある意味、どうでも良い話なんですが、掘り下げてみると案外と奥が深かったりする話題です。

第16講:楽器名をめぐって(第1回)

 元々掲示板で話題になったのは「ユーフォニウム」なのか「ユーフォニアム」なのかという問題でした。 これって、どちらか一方のみに決めてしまうのは無理な話なんですね。 元々日本語の発音上必要な、音を区別する単位(音素)の種類は他の言語(特に印欧語)に較べて少ないわけですから、日本語を表記するための文字であるカタカナで表現できる音の種類は少ないのです。 そんな中で目的の言葉の発音に近似する音を選び出してカタカナ表記するわけですから、日本語の音素としては「どちらとも言い難い」ような中間的な音を表記する際には、何れとも決めかねることになります。

 ちなみに、最近の吹奏楽の楽譜(特にアメリカ向け)では、Euphoniumが吹くべき楽譜の楽器表示が「Baritone」になっているものが多いようです。 その一方で「バリトン」と呼ばれる、Euphoniumに似た楽器が存在します。 調性が同一、即ち管長が同一で、管形も同系統であり、ただ管径が大幅に違うために音色に違いが生じているというものです。 それゆえ、このような楽譜を扱う場合は「バリトン」を想定した譜面をEuphoniumで代用して演奏しているのだと認識している人も少なくないようですが、実はそうではなさそうです。

 この場合の「Baritone」は、あくまで「Bass」に対する「Baritone」なのです。 よく考えてみれば「Bass」というのも、楽器を特定する情報ではありませんよね。 単に「最低音域を支える楽器」というだけの意味です。 吹奏楽の譜面に記載されているという状況から、Bass Tubaのことを指していると特定できるに過ぎません。 「Baritone」もこれと同じことで、単に「低音の旋律楽器」というだけの意味です。 吹奏楽の譜面に記載されているので、Euphonium=Tenor Tubaのことを指していると特定できるのです。

 念のために補足しておくと、古い日本製のマーチなどの楽譜にカタカナで「バリトン」と書いてあるのは、Euphoniumではなく、それと区別して「バリトン」と呼ばれている楽器のことです。 「小バス」と書いてあるのがEuphoniumのことです。 しかし、編曲法上は「小バス」は通常ベースとして扱われており、最近の楽譜の「Baritone」と同様の役割は「バリトン」が負っています。 ですから、最近の編成の吹奏楽で演奏する場合には、Euphoniumは「バリトン」の譜面を使うのが適切です。 これは、編成が編曲者の想定と異なることに起因する「代用」です。 何だか、ややこしいですね。



通算第88回(2004年2月号)

 前回に引続いて、Euphoniumを中心に話題を展開したいと思います。

第16講:楽器名をめぐって(第2回)

 Euphoniumという楽器名は、euphonyなどという言葉と同じ語源から来ています。 要するに「美しい響きを聴かせる楽器」というほどの意味なんですね。 ですから、この名称は楽器の本名というよりもニックネームのようなものなのですが、本名(系統的に付けられた名前)に相当な混乱があるせいなのでしょうか、Euphoniumという呼称を使った方が誤解無く確実に意味が通じるという状況になってしまっています。

 歴史的に見ると、Euphoniumはサキソルン(Saxhorn)属の低音系列の中で一番小さいものという位置付けで作られた楽器で、昨今では単に「Tuba」といえばサキソルン属の低音系列を指すことから、Euphoniumのことを「Tenor Tuba」と呼ぶ場合もあります。 尤も「Tenor Tuba」という言葉自体、人によって意味する楽器が違っていて誤解の元になりやすい表現のようですが……

 「サキソルン」という呼称はサキソフォン(Saxophone)と似ていますが、別の楽器です。 しかしながら、共に同じ発明家が同じ目標に基づいて設計し、その発明家の名前を冠して呼ばれているという意味では、親戚みたいなものと言えるかもしれません。

 ベルギーの楽器製造業の家に生まれたアドルフ・サックス(Adolphe Sax 1814-1894)は、管楽器でも弦楽器と同様に高音域から低音域まで統一された音色の楽器群が実現できないだろうかと考え、それを実行に移したようです。 そして、木管楽器のサキソフォンでは成功を収めたのですが、金管楽器のサキソルンとサキソトロンバでは音色の統一を実現することができず、 各々独立した楽器として歩むことになったようです。

 このうち、サキソトロンバには昨今ではお目にかかることはありませんが、サキソルン属は、それまでの金管楽器には無かった柔和な音色が受入れられ、TubaやEuphoniumの他に、中音域のAltohornや高音域のFlugelhornとして各々の役割で使われています。 このうちEuphoniumが、その音色ゆえに、金管楽器群の中での低音旋律楽器としての役割を与えられていることは御承知の通りです。



通算第89回(2004年3月号)

 前回はEuphoniumがサキソルン(Saxhorn)の話に発展しましたが、そこを進めてみたいと思います。

第16講:楽器名をめぐって(第3回)

 同じ発明家が同じコンセプトで設計しながら、サキソフォンは確固たる地位を得た楽器群となり、サキソルンは「群」としては認知されずに個別に生き残り、サキソトロンバは事実上絶滅という、大きく異なる運命をたどったことを、前回述べました。

 この中途半端に生き残ったサキソルン、名称の上でも相当に混乱しています。 「バリトン」が何を指すか混乱していることを以前に述べましたが、それだけではありません。

 ひとつには、当初の命名体系では、現在普通に使われているTrumpetと同長のBb管をソプラノでなくアルトとしていたことがあるようです。 現代では、どの管楽器でも実音またはそれに近い調で記譜する楽器が「ソプラノ」で、それより4〜5度低いEb〜G管の楽器を「アルト」と呼びます。 そのため、その感覚に合わせた呼び方が生まれることになり、矛盾した命名体系が共存する結果になったようです。

 とりあえず、音楽辞典(音楽之友社 1954)新音楽辞典(音楽之友社 1977)に従って、整理してみると、以下のようになります。
本来の命名イタリア式ドイツ式
ビューグル系(細管)
Eb管SopranoSopraninoKleine Flugelhorn
Bb管ContraltoSopranoFlugelhorn(Trumpet と同長)
Eb管TenorContraltoAlthorn
Bb管BarytonTenoreTenorhornいわゆる「バリトン」
チューバ系(太管)
Bb管BasseBassoTenor Tuba別名「Euphonium」
Eb管ContrabasseBasso GraveBass Tuba
Bb管BourdonContrabassoContrabass Tuba
(「イタリア式」ではSaxhornではなく「Flicorno」と呼びます)
こう書いてみると意外とスッキリしているように見えますが、そう単純ではありません。 例えば現在「Bass Tuba」と普通に呼ばれている楽器は上記の「Contrabass Tuba」の方ですし、東欧で「Tenor Tuba」と普通に呼ばれている楽器は上記の「Tenorhorn」だという話もあるのです。

 補足:AltoはContraltoの省略形であり、同義語です。 最近、Basso Graveに相当する楽器(Eb管のContrabass Clarinetなど)をContraltoと呼ぶことがあるようですが、本当は間違いです。



通算第90回(2004年4月号)

 「Tenor Tuba」という言葉をEuphoniumと同義に用いる場合があるということを前回までに述べました。 というわけで、Tubaの話へと話題を進めてみたいと思います。

第16講:楽器名をめぐって(第4回)

 「Tuba」は、音楽辞典的には「サキソルン属の低音太管系列」と定義するのが一般的ですが、低音の金管楽器でトロンバ属(TrumpetやTromboneの系列)で無いものは、全て「Tuba」と呼ばれる可能性があると考えた方が良いかも知れません。

 日本において厄介なのは、ヤマハが製品展開の中で「ロータリーバルブは“Tuba”、ピストンは“Bass”」という妙な区別を流布してしまったことです。 明らかに両方とも単に「Tuba」と呼ぶにふさわしい楽器であり、吹奏楽の「Bass」でもあります。

 実は、歴史的に語源をたどると、「Tuba」には「低音楽器」という意味さえありません。 辞書的には「古代ローマの円錐型直管トランペット」と説明されています。

 この用語が、バルブ装置発明以後の低音金管楽器に転用されたのですが、この際に、「そのうち、全管楽器であるものを“Tuba”と呼ぶ」と考えられたようです。 「全管」というのも耳慣れない言葉だと思いますが、金管楽器のうち基音(ペダルトーン)を奏することができるものを「全管」と呼び、できないものが「半管」と呼ぶというのが定義です。 現在では、この用語自体が無意味であることが明らかになっています。 どんな金管楽器でも、奏法次第で基音を実用的に奏することができるからです。

 元々は、トロンバ属は「半管楽器」であると考えられていました。 つまり「全管」であることを“Tuba”の条件とする考え方は、トロンバ属を排除するのが目的だと推測されます。 ところが厄介なことに、「サキソルン属のBass Tuba」のうちBb管の楽器は、基音を奏することができないと考えられていたのです。 そのため、現代的には最も代表的な“Tuba”である楽器が、実は「真の“Tuba”ではない」という、訳の解らない用語定義になってしまっていました。

 まあ、現代の我々としては、「全管/半管」などという用語は気にせず、「音色的にトロンバ系で無い」ことが“Tuba”の条件だと考えれば良いと思います。



通算第91回(2004年5月号)

 Euphoniumや現在最も一般的なTubaが 「サキソルン」に属することを前回までに説明してきました。 このサキソルンという言葉は「Saxのホルン」という意味です。 そこで「ホルン」という言葉について考えてみましょう。

第16講:楽器名をめぐって(第5回)

 ホルンは英語やドイツ語の「horn」をカナ書きしたものですが、言葉の本来の意味は「角(つの)」です。 イタリア語やフランス語でホルンを意味する「corno」や「cor」も、やはり「角」という意味の言葉です。 つまり、楽器名としての「ホルン」は「角笛」という意味なのです。 現在、普通に「ホルン」と呼ばれている楽器は、発声原理も角笛と同じですし、形状的にも角笛を細長くして巻数を増やしたと言えるものです。 従って、確かに角笛がそのまま発展して現在の楽器になったと考えることができ、至極正当に「ホルン」を名乗っていると言うことができます。

 ではサキソルンはどうでしょうか? 元々この命名はサキソトロンバとの対比であり、トロンバ(トランペット)属よりもホルンに近いという意味です。 発声原理も同じですし、まあ正当な命名だと言えそうですね。 サキソルンの一種であるフリューゲルホルンも、同程度に正当な命名だと言えます。 何故フリューゲル(Flugel=翼)と命名されたのかは、よく判らないのですが……

 ジャズバンドには「ホルン」セクション(「ホーン」と表記することの方が多い)という用語があります。 木管楽器も含めた管楽器全体のことを呼ぶのですが、元々金管楽器主体の演奏形態であり、最もよく使われる木管楽器であるサキソフォンも金管的な側面を買われて使われているわけですから、金管楽器セクションのことをこう呼んでいると考えても良いわけです。 実際には専らトロンバ属の金管楽器が使われますが、あくまで金管楽器の中での「ホルン」と「トロンバ」の対比なわけで、 金管楽器全体を「角笛」の後継であると考えるのは無茶ではないでしょう。

 とまあ、ここまでは「ホルン」を名乗るのに何の不思議も無いものを見てきたわけですが、これ以外に、何故「ホルン」を名乗るのか不思議な楽器があることを、皆さんも御存知だと思います。 このことは、また次回のお話と致しましょう。



通算第92回(2004年6月号)

 前回は種々の金管楽器が「ホルン」を名乗っている状況を見てきましたが、中には「ホルン」を名乗る木管楽器もあります。これについて見て行ってみましょう。

第16講:楽器名をめぐって(第6回)

 「ホルン」を名乗る木管楽器には「イングリッシュホルン」と「バセットホルン」がありますが、まず「バセットホルン」の方から見てみましょう。

 現在ではバセットホルンは単なる「F管のアルトクラリネット」に過ぎませんが、歴史的に見ると「バセットホルンを改良して音量が出るようにしたのがアルトクラリネット」という関係があるようです。 18世紀初期にシャリュモーを改良してクラリネットが作られた頃からバセットホルンは存在しました。 両者の中間の長さの「バセットクラリネット」というのもあったようです。 そして、その区別は「真っ直ぐなのがクラリネット」「曲がっているのがバセットホルン」ということだったらしいのです。

 となると「先が曲がっていて角笛のようになっている」という理由で「ホルン」を名乗るようになったということが考えられます。

 一方の「イングリッシュホルン」は「英国の角笛」という意味で、仏独伊でも同じ意味の名前で呼ばれています。 これは誤訳(誤伝)であるというのが定説になっているのですが、いつどこで間違われたのかよく判りません。 元々「角度のついた角笛」という意味だったようで、例えばフランス語だと「cor angulair」が「cor anglais」に化けたということになります。 いずれにしても、何故「角笛」を称するのかは不明です。

 ところで「イングリッシュホルン」と言えば、普通のホルンのことを「フレンチホルン」と呼ぶことがありますね。 昔イギリスの王様が「フランス趣味」を持ち帰って流行らせたことがあって、その中に「ホルンを主体とした音楽」というのが含まれていたそうです。 それゆえ「フランス趣味の角笛」という意味で「フレンチホルン」と呼ぶようになったのだとか。 馬鹿げた経緯ですね。

参考:

http://www.yamano-music.co.jp/hardware/kingdom/clarinet/(山野楽器)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~t_ikeno/french.htm(池野 徹 氏)




通算第98回(2004年12月号)

 EuphoniumからSaxophone→Hornと話題を展開したところで一旦中断となりましたが、再びSaxophoneへ戻った話で再開したいと思います。

第16講:楽器名をめぐって(第7回)

 Saxophone(サキソフォーン)にSoprano・Alto・Tenor・Baritoneと揃っていることは御存知でしょう。 もう1つ下のBassも見掛けます。実は設計上は、上にSopranino、下にContrabassを加えて7種類のラインアップになっています。

 しかし、これはSaxophoneという楽器が、元々そういう発想で設計されたからです。 同じ発想で設計されたSaxhornやSaxotromba(第2&3回=本年1&2月号を参照)も同様ですし、複簧楽器でこれに対抗するものを作ろうとしたSarrusophoneも同じです。 しかし、逆にそういう発想で設計された楽器以外で、ここまで揃っているのは少数派です。 例えば、現代の管弦楽や吹奏楽で普通に使う楽器には他にはありません。

 Saxophoneは元々「統一された音色で全ての音域をカバーする」ことを目指して設計された楽器です。 その際に目標となったのは、弦楽器のViolin(バイオリン)属でした。 しかし、現代のViolin属にTenorやBaritoneはありません。 現実にはSopranoを名乗る楽器は無いのですが、 ViolinをSopranoに相当すると看做すことができるでしょう。そして、ViolaはAltoとも呼ばれることがあるのですが、その下のCello(チェロ:正確にはVioloncello)は、いきなりBassになります。 吹奏楽や軽音楽で「String Bass」と呼ばれる楽器を管弦楽では「Double Bass」とか「Contrabass」とか呼びますが、BassであるCelloに対して「double」なり「contra」なのです。

 この違いは、管楽器と弦楽器の音域の違いから来るのだと思われます。 奏者の体そのものが発音体の一部になってしまう管楽器は、どうしても奏者の体の大きさに依存してしまうため、1つの楽器で広い音域を同じ音色でカバーすることが困難になります。 そのため、楽器の種類を増やす必要が生じ、そのために細かいネーミングが必要になってしまったということがあるのでしょう。



通算第99回(2005年1月号)

 前回、Violin属にTenorやBaritoneが無いという話をしましたが、実は管弦楽で普通に使う管楽器にもBaritoneはありませんし、Tenorも無い方が普通です。 そのあたりをもう少し詰めてみましょう。

第16講:楽器名をめぐって(第8回)

 Saxophone(サキソフォーン)のBassはSopranoの2オクターブ下です。 Saxhornでは呼び方の流儀にもよりますが少なくとも2オクターブです。 しかし、ViolinのBassであるCelloは1オクターブ半しか低くない楽器ですし、Flute・Oboe・Clarinet・TrumpetでBassというのは1オクターブ下です。 Fluteに至っては、通常より4度しか低くない楽器(Altoと呼ぶ方が普通)をBassと呼ぶこともあります。

 というわけで、前回の説明でViolin属にTenorやBaritoneが無いことを管楽器と弦楽器の違いに帰着させたのは説明不足だったということになります。 実は、この説明は、Saxophone等の「統一された音色で全ての音域をカバーする」という方針がViolin属を目標としている、つまりViolin属とSaxophoneがこの方針を共有しているということが前提になっているのです。

 他の楽器にはそんな基本方針は無かったと考えられます。 顕著なのがOboeで、この楽器名の語源からして「Bassoon」に対比して「高音の楽器」という意味があるようです。 ですから、音域をカバーするために楽器の種類を無闇に増やす動機が無かったと考えられます。 そのため、通常より少し低い楽器を「Alto」と呼び、もっと低い楽器を「Bass」と呼べば充分だったわけです。

 と、尤もらしく書いてしまいましたが、実は別の側面もあります。 それはSaxophoneの音域が他の管楽器と較べても狭いということです。 現在では改良されて2オクターブ+5度に広がっていますが、元々は2オクターブ+2度だったようです。 それゆえ、どうしても種類を増やさねばという事情もあったようです。 そういう意味では、Recorder(リコーダー)の種類が多いのと事情は同じかもなのかも知れません。

 ちなみに、Fagott(Bassoon)とTromboneにはTenorがあります。 これらは元々低音楽器で「Bassが普通」なわけですから、それより少し高い楽器を指すのに「Tenor」を使うのが適当だったということなのでしょう。 実際、これらの楽器に「Soprano」に相当するものはありませんし。



通算第100回(2005年2月号)

 Bassの話が2回続いたので、今度は逆にPiccoloの話へ行きたいと思います。

第16講:楽器名をめぐって(第9回)

 Piccoloという言葉は通常Flute属のオクターブ高い楽器のことを指しますが、実はこれは「Piccolo Flute」の略です。 本来、piccoloという言葉は「小さ(くて可愛)い」という意味で、楽器の場合には通常の高音旋律楽器よりも高い調整のものを指すときに使います。 例えば、「Piccolo Trumpet」というのは狭義には通常よりオクターブ高い楽器のことを指し、広義には通常より半オクターブ高いEb管やF管の楽器も含みます。 また、通常は単に「Eb管のClarinet」と呼ばれる楽器は「Piccolo Clarinet」の一種に分類されます。 ただ、その中でFlute属の楽器の使用頻度が最も高く、音域的にも他の「Piccoloなんとか」よりも抜きんでて高いことから、単に「Piccolo」と呼ばれるようになったのだと思われます。

 ところで、この「単にPiccoloと呼ぶ」というのは、英語圏では普通のことなのですが、イタリア語では普通ではないようです。 これは、元々「piccolo」という言葉はイタリア語起源のもので、英語では外来語ゆえに楽器名などの特殊な場合にしか使わない言葉であるのに対し、元のイタリア語ではごく普通の言葉であるからだと考えられます。 つまり、イタリア語で「piccolo」とだけ言えば、英語で単に「small」とだけ言うのと同じことで、小さい何なのか判らんということになるからなのでしょう。

 英語圏ではイタリア語の「piccolo」をそのまま導入したのに対し、フランス語やドイツ語では同じ意味の自国語である「petit」や「kleine」を使っています。 従って、フランス語やドイツ語でも、「Flute」に相当する言葉を省略するということは行われないようです。

 ちなみに、「Piccolo Trumpet」や「Piccolo Clarinet」の和訳は「小トランペット」「小クラリネット」です(小は「しょう」と発音)。 ただ、実際には音楽事典でしか見掛けない表現ですね。 「petit 〜」や「kleine 〜」の直訳として出てきた表現なのかもしれません。



通算第101回(2005年3月号)

 Piccoloの話の続きです。

第16講:楽器名をめぐって(第10回)

 前回、イタリア語では「単にpiccoloとは呼ばない」と述べましたが、実はそれに替わる通称が存在します。 「オクターブのもの」つまり「オクターブ高い楽器」という意味の「Ottavino」という表現です。 「piccolo」が「小さ(くて可愛)い」という広い意味を有するのに対して、この表現だと「オクターブ高い」という具体的な意味を有するので、それだけで言葉としての「特定力」が充分にあるという感覚になるのかも知れません。

 ところで、この「Ottavino」という表現を見たときには、少々気をつけねばならないことがあります。 それは、その表現が使われている楽譜の「時代」です。 18世紀後半以降の楽譜であれば、(意図的に古くさく作った曲でなければ)問題無いのですが、もっと古い楽譜、具体的には、モーツァルトを含まずにそれ以前、あるいはバッハを含んでそれ以前の場合には、「Ottavino」は現代のようなpiccoloのことを指しません。 ソプラニーノリコーダーのことになります。

 尤も、この時代には、「Flauto」(Fluteのイタリア語)という言葉がアルトリコーダーのことを指していたので、 「オクターブ高いフルート」という意味では現代と同じと言えるかもしれませんが……

 ビバルディの「ピッコロ協奏曲」として知られている曲が3曲あります。 私も弦楽器のパートをピアノ伴奏に書き換えて一通り演奏していますが、本当は現代のPiccoloではなくてソプラニーノリコーダーで演奏するべきなんですね。 一度リコーダーでやってみたいと思っていますが、けっこう難しくて、なかなか実現に至りません。



通算第102回(2005年4月号)

 前々回の内容に対して、ちょっとした「ツッコミ」がありました。 これを軸に、そもそも「楽器名」とは何なのかということについて、少し考えてみましょう。

第16講:楽器名をめぐって(第11回)

 「ツッコミ」というのは、「Piccolo Trumpet」という表現について「狭義には通常よりオクターブ高い楽器のことを指し、広義には通常より半オクターブ高いEb管やF管の楽器も含みます」と書いたことに対するものです。 こんな「広義」の用法なんて、見たことも聞いたことも無いというんですね。

 確かにそうかもしれません。 筆者自身も、楽器のカタログ類や音楽活動の現場において、この英語表現を広義に使うのを見聞きしたことは皆無です(相当するフランス語やドイツ語の表現は見掛けるのですが)。 実は、「Piccolo Clarinet」という表現についても同じことが言えるんですね。 こちらには上の「広義」の用法しかありませんから、結局この表現自体を英語では見掛けないということになります。

 では、どういう場面で出てくるかというと、例えば音楽辞典の類です。 つまり、現場から一歩引いた「学術的な匂い(?)のする世界」で出てくるんですね。

 そもそも、一体何のために、楽器に名前を付けて区別するのでしょうか? それは、区別して呼ばないと混乱してしまうのを防ぐためです。 逆に言えば、混乱が無いのであれば、わざわざ手間をかけて区別しようとは思わないということになります。

 Trumpetの場合、「オクターブ高い楽器」は、敢えてそのことを「piccolo」という言葉で表現しないと区別がつきません。 ところが「半オクターブ高い楽器」は、Eb管だとかF管だとかいう「調性」さえ特定すれば充分に区別できます。 ですから、それ以上の表現はしなくても、「音楽活動の現場」では困らないので、そういう表現は「現場」では使われないわけです。

 ところが、音楽辞典などの立場ではどうでしょうか。 こういう場合、「全体を見渡して、合理的に体系付けて整理」することによって、「新たな発見」「諸々の発展」につなげていこうという意識があります。 ですから、全体を見渡した際に「piccolo」と呼ぶべきだと考えられるものは、手間を惜しまずにきちんとそう呼ばないと、 「混乱を防ぐという意味で困る」という考え方になってくるのだと考えられます。



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Copyright © 2004 by TODA, Takashi