通算第222回(2015年4月号)

 秋の演奏会で組曲「惑星」を採り上げます。そこで、惑星についていろいろと見てみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第1回)

 そもそも「惑星」とは何でしょう? 現代の教育を受けた人なら「太陽の周りをめぐる天体」という知識があると思いますが、その知識が「常識」になったのは、ほんの300年ほど前のことです。

 古くから人々は夜空の星を眺めてきました。 特に砂漠や海など周囲に目標物が無い場所を移動して暮らしていた人々にとって、星は重要な道しるべだったのです。 ですから、夜空で星がどのように見えるかについて経験的な知識が豊富に蓄積されました。

 星の大多数は夜空を概ね1日に1回転程度のスピードで一斉に回転します。 ですから、星というのは真っ暗な夜空に開いた穴、あるいは貼り付いた灯りで、回転しているのは真っ暗な夜空そのものだという考え方も、ごく普通にあったわけです。

 ところが夜空には、この「一斉回転」からズレた星も見えます。 その中には明らかに一時的な存在もあります。 流れ星は長くて数秒で消えますし、彗星(ほうき星)や新星はせいぜい数ヶ月で消えます。 しかし、それとは別にずっと昔から継続的に存在し続けている星が5個あることが知られていました。 これらの星も「概ね1日に1回転」は同じなのですが、少しズレていて、何日か見ていると他の星との位置関係が変わって行きます。 しかも、単純に一方向へズレるのではなく、時々引き返したりするなど複雑です。

 星に関する知識は、古代ギリシャで系統的にまとめられたものが現代にも引き継がれています。 彼らは、この複雑な動きをする星を「放浪者」を意味する「プラネテス」という言葉で呼びました。 これが英語の「planets」の語源で、日本ではこれを意訳して「惑星」あるいは「遊星」と呼んだのです。

 古くから知られていた5個の惑星は、動きが複雑なだけでなく、基本的に他の星よりも明るいのです。 そこで、これは人々の生活にも影響を及ぼすような重要な存在だろうというということで占星術が産み出されたと考えられます。 このような惑星の多面的な性格を順に見ていきたいと思います。



通算第223回(2015年5月号)

 まず、解りやすいところから水星について見てみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第2回)

 前回も述べたように、惑星は動きが複雑で見かけも明るく、色や明るさが変化したりすることから、占星術が考え出されたと思われます。 その中で特に「動き」の特徴が重視されたと考えられるのが水星です。 惑星は、互いの位置を変えずに夜空を巡る恒星群の間を動き回ります。 その動きが最も速いのが水星なのです。 現代的な地動説で理解するなら、これは水星が太陽に最も近く公転周期が最短(約58日)だからです。

 水星はこの速さゆえに西洋では「伝令・旅行」や「知性」を象徴する存在と考えられたようです。 東洋(中国文化圏)では世の中を「木火土金水」の五つで説明しようとする「五行説」に惑星も当てはめ、「辰星」と呼ばれていた水星は、おそらく「あちこちへ速く動き回る」特徴から「水」に対応させたのでしょう。 西洋天文学の移入に際して「水星」と訳したのは、この「五行説」での対応が前提になっています。

 一方の例えば英語でMercuryと呼ばれる西洋での名称はローマ神話の商人や旅人の守護神メルクリウスから来ています。 おそらく「旅行」つながりでしょうね。 また、近代化学の源泉にもなった「錬金術」では金属と惑星を結び付ける考えがあり、水星は水銀と関連づけられていました。 そのため水銀のこともMercuryと呼びます。

 ホルストの組曲では水星は「翼のある使者」となっています。 そして「チョロチョロと素速く動き回る」特徴が楽曲として表現されています。 変ロ調とホ調との転調を短いところでは半小節ごとに繰り返して目まぐるしく色彩感覚を変化させながら、細かい上昇音形と下降音形を繰り返す曲想は、縦横無尽に動き回る様子を連想させるものです。 ついでに言えば、変ロ調とイ調のクラリネットを「同時に対等に」使う曲というのは、それほど多くはありません。 そういう意味でも特徴的な楽曲だと言えます。

 そして、その結果として、組曲の中でも「とりあえず楽譜通りに音を鳴らす」ことが最も困難な曲であり、演奏技術の見せ場にも成り得る作品になっているわけです。



通算第224回(2015年6月号)

 惑星としての「動き」の特徴から、水星と正反対の属性が定められていると考えられるのが土星です。 併せて、土星と似通った性質がある木星についても見てみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第3回)

 土星というと「輪のある惑星」というイメージが一般的ですが、実は土星の輪は肉眼では見えません。 つまり「輪」のイメージは望遠鏡で観測するようになって以降のもので、400年にも満たない歴史しかありません。

 古代から認識されていた土星の特徴というと、水星の対極とも言える「動きの遅さ」でしょう。 公転周期が30年近くと肉眼で見える惑星で最長だからです。 おそらく、この動きの特徴から「安定」「抑制」「老練」というイメージとなり、西洋占星術における「父性」「規制」「試練」「責任」という意味付け、あるいは東洋での「鎮星」という名称や「五行説」における「土」への割り当てになったものと思われます。 ホルストの組曲では「老齢をもたらす者」と称して、最も重厚で演奏時間も長い曲になっています。

 木星も公転周期が長い惑星(約12年)ですが土星には及びません。 木星の顕著な特徴は「明るさ」です。 金星は木星より明るいのですが、地球から見て常に太陽に近い側に居るため、真夜中に輝くということがありません。 火星は地球に接近すると明るくなりますが、平均的には木星の方が明るいのです。 これは木星自体が巨大なことが主な理由です。 そのため、ローマ神話でギリシャ神話の主神「ゼウス」に相当する「Jupiter」の名を与えられ、惑星の「長」のような位置付けを与えられました。 西洋占星術における意味付けは「地位・名誉」「成功・財産」「正義・道徳」などです。 東洋では、約12年というキリの良い周期で黄道上を公転することから、天空の分割と結びつけられ、「歳星」と呼ばれて十二支とも関連づけられる尊い星と考えられました。

 ホルストの組曲では「the Bringer of Jollity」となっています。 通常「快楽をもたらす者」と訳されますが、少々誤解を招きかねない訳かもしれません。 この場合の「快楽」は頽廃的な享楽ではなく「陽気・愉快」というニュアンスです。



通算第225回(2015年7月号)

 肉眼で見える惑星の残り2つ、金星と火星について見てみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第4回)

 金星の顕著な特徴は、「宵の明星(みょうじょう)」「明けの明星」という呼び方が示すように、夜明け前や日没後に明るく輝くことです。 中国では「太白」と呼ばれていました。 これは、金星大気が常に厚い雲で覆われていて反射率が高いことにもよっています。 そして、月のように「満ち欠け」があることも、早くから広く知られていました。 このような特徴から金星は「美しさ」の象徴と考えられたようです。 これは「芸術的な美」だけでなく「女性的な美」の象徴とも考えられ、金星自体の西洋での呼び名も、美の女神Venus(ウェヌス:英語読みでビーナス)となりました。

 火星の顕著な特徴といえば、まず大気が無い状態で露出している酸化鉄(赤錆)に起因する「赤い色」、そして軌道が近いために地球との距離の変化率が大きくなることに起因する「明るさの変化」でしょう。 東洋の「五行説」で「火」に割り当てられたのは赤い色からの連想だと思われますし、燃え盛る火のイメージは東洋でも西洋でも「戦争」に結び付けて考えられたようです。 戦争は国家などの集団の間の関係が険悪になったときに起こるもので、多くの場合は実際に起こる前に「前兆」があります。 火星の「明るさの変化」は「戦争の前兆」と結び付けて考えられたのでしょう。 火星自体の西洋での呼び名も、軍神Mars(マルス:英語読みでマーズ)となりました。

 さらにそこから発展して、火星は「活力」「積極性」「破壊」を伴う「男性的な力強さ」を象徴するものと考えられるようになったようです。 これは金星の女性的特性にも呼応していると考えられます。 ギリシャ神話でVenusに対応するアフロディーテはMarsに対応するアレスの愛人だったという伝説もあるようです。

 占星術で火星を示す記号「♂」の起源には諸説あってはっきりしませんが(男性器の図案化というのは根拠の無い俗説)、金星を示す「♀」は手鏡を図案化したものと言われています。 生物分類学の祖とされるリンネ(1707〜1778)は、生物の記載に必要なスケッチで、雌雄がどちらの図であるかを示す記号として、金星と火星の占星術記号を流用しました。 これが現在も「生物学的雌雄記号」として広く使われ続けているわけです。



通算第226回(2015年8月号)

 肉眼では見えず、望遠鏡でしか観測できない「天王星」について見てみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第5回)

 天王星は1781年に発見されました。 実は、この「発見」以前に「望遠鏡で新たに発見した恒星」とされていた星が実は天王星だったことが判っているのですが、通常は太陽系内の天体として認識された時点を「発見」とします。 当初は未発見の彗星だと思われていたのですが、観測を続けても全く近付いてこないことから、木星や土星のさらに外を回る惑星であると考えられるようになったわけです。 現在では、彗星(の本体)のような小さな天体ではなく、木星や土星と同様の巨大な天体であることが判っています。

 天王星の発見は、占星術など天体の運行を体系化することによって世の中を説明しようとしてきた人々には衝撃的なことだったと考えられます。 「惑星の数」に意味を持たせて理論を展開してきたのに、その前提が崩れ去ってしまったからです。

 この事態に対して、例えば現在主流の西洋占星術では、ほとんど「開き直り」と言えるような対処をしています。 天王星に「変革」「伝統的秩序の破壊」という属性を持たせ、既存の体系の中に割り込んできたことを合理化したのです。

 ホルストの組曲における「天王星」は、「素直でない」和声進行や音形パターンで特徴付けられる曲になっています。 つまり「伝統に逆らう」という天王星の占星術的意味に見合った内容です。 ところが、ホルスト自身がこの曲につけた副題は「magician」です。 通常「魔術師」と訳され、以上の話からすると少々違和感があります。

 調べてみると、日本語の「魔術師」に「怪しげな超自然的能力」か「超自然を演出する奇術(手品)」の使い手というニュアンスがあるのに対して、英語の「magician」は単に奇術師を指す傾向が強いようです。 タロットカードにも「magician」があり、奇術で世の中を欺く人や、宗教的異端者を意味する傾向があるようです。 ホルストが「天王星」に題した「magician」も、そういうトリッキーな手法で人を欺く者という意味に捉えれば、曲の内容と符合するのではないでしょうか。



通算第227回(2015年9月号)

 現在知られている最外の惑星で、ホルストの組曲でも最後に配されている「海王星」について見てみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第6回)

 新参者である天王星の属性を「変革」「伝統破壊」とした西洋占星術が海王星に与えた属性は「神秘」「芸術的閃き」などです。 確かに発見されたばかりで何も解っていない未知の存在ではあるのですが、それを占星術上の属性にしてしまうというのは「開き直り」を越えて「ヤケクソ」に見えます。

 海王星の発見には「天体力学の勝利」だとも評価される経緯があります。 天王星が発見されたあと、それまでの惑星観測で蓄積された天体力学の技法を適用して軌道予測が行われました。 ところが、予測された天王星の位置と実際に観測される位置は少しずつズレていくのです。 そのズレ方は、天王星の外側に未知の惑星があって、その重力で天王星が引っ張られていると考えると説明できそうなものでした。 この未知の惑星の位置は、天王星の動きのズレ方から予測することが可能です。 そして、1846年に予測に基づく位置に実際に未知の惑星を観測することができたのです。

 ところで「天王星」「海王星」という名前ですが、元々は「Uranus」「Neptunus(英語ではNeptune)」というギリシャ神話に登場する神の名前です。 天王星の発見時、この惑星をどう呼ぶかが当然ながら議論となりました。 当初は発見者の名や国王の名なども提案されて使われていたのですが、やはり他の惑星と同様にギリシャ神話から採ることになりました。 天体名に使われていない神から適当なものとして、原初世界で暗黒の天空に星を散りばめた神である「Uranus」を選んだようです。

 一方の「Neptunus」は本来はローマ神話の神ですが、ギリシャ神話の「Poseidon」と同一視されました。 最外淵に発見された惑星に対して「深淵」というイメージで海を支配する神の名を与えたということで、あまり深い意味は無さそうです。

 この2人の神の名に基づく惑星を「天王星」「海王星」と呼ぶのは中国で始まったことのようです。 昔から知られている惑星と違って、東洋での「元々の名前」や「元々の考え方に基づく名前」はありませんから、発見された西洋での命名を訳すしか無いわけです。 それに際して、UranusやNeptunusがどういう神であるかという性格を端的に表す命名を採用したのは流石と言うべきでしょう。



通算第228回(2015年10月号)

 かつて太陽系第9惑星とされていた冥王星について見てみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第7回)

 冥王星は1930年に発見されました。 ホルストの組曲よりも後のことになります。 そのため組曲が不完全になってしまったとも考えられるようになり、ホルスト自身も冥王星の補作を考えていたようです。 結局ホルスト自身による補作は為されませんでしたが、他の作曲者による補作を併せた録音が存在します。 ところが、2006年に冥王星が惑星から「格下げ」になってしまい、太陽系の惑星の数は組曲の通りに戻ってしまったのです。

 冥王星の発見から格下げに至るまでの経緯は、新たな発見により、人類が「冥王星とはどんな星か」という認識(価値観)が変わっていく経緯でもあります。 冥王星という呼び名はギリシャ神話での冥府の王を意味するPlutoの訳で、これを天王星や海王星と並列できるような名前に訳したのは日本人です。 天王星や海王星と同様にギリシャ神話から名前を採ったのは、同等の存在と当初考えられていた証しとも言えます。

 元々、冥王星は天王星の軌道のズレから海王星が発見されたのと同様、海王星の軌道のズレから天体力学の技法を用いて存在が予測され、それに基づいて発見されたものです。 ところが、発見当初は地球程度の大きさを有する惑星と考えられていた冥王星が、その後の観測で実はもっと小さいことが判ってきました。 実際より大きく考えられていた理由の1つに、表面がメタンなどの氷で反射率が高く、実際の大きさのわりに明るいことがあります。 さらに冥王星には「衛星」と呼ぶにはかなり大きい「カロン」が伴っており、従来の質量推定値や明るさがカロンとの合計であったことが判明して、冥王星自体の大きさはさらに小さく推定されるようになりました。

 ここまで小さいと、海王星の軌道のズレという話とも合わなくなって来るのですが、実はこのズレは海王星自体の質量推定に問題があった結果だということが判明してしまいました。 つまり、軌道のズレに基づく計算で冥王星が発見されたのは全くの偶然だったことが明らかになったのです。 結局、冥王星は発見当時に思われていたのとは、ずいぶん色々な意味で違ったものということになってしまいました。



通算第229回(2015年11月号)

 冥王星が具体的にどういう理由で惑星から格下げになったのかを見てみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第8回)

 冥王星は発見当初から「少し変な惑星」と考えられていました。 惑星の軌道は厳密には楕円ですが、ほぼ正円なのが普通です。 しかし、冥王星の軌道は他の惑星に比べて正円からのズレが大きく、太陽までの距離が海王星よりも近くなることもあります(全周期のうち1割弱程度の期間)。 そして、他の惑星がほぼ同一平面上にあるのに対して、冥王星だけが大きくその平面から外れています。

 そして、冥王星自体が付近の惑星よりも遥かに小さく、組成も惑星というよりむしろ彗星に近いことが明らかになってきて、1990年ごろから冥王星を惑星と認めるべきかどうかが議論されるようになってきました。 21世紀に入ると、海王星以遠に冥王星に匹敵する大きさの天体が発見されるようになり、この議論がさらに加速しました。

 そして2006年に国際天文学連合の総会で「惑星の定義」が議論されました。 当初は惑星の定義を広げて、当時知られていた天体のうち冥王星を含む12個を惑星とする案が提起されたのですが賛同が得られず、結局「準惑星」(dwarf planet:直訳すると「矮小惑星」)という分類を新たに作って、冥王星をその1つとすることになりました。 つまり、冥王星は「惑星」から「準惑星」に格下げになったのです。

 この定義変更には政治的な抵抗もありました。 というのは、冥王星は発見者と発見の前提となった軌道計算を行った人が共にアメリカ人だったからです。 天王星や海王星の発見者はヨーロッパ人だったため、冥王星は「アメリカの誇り」になっていたのです。

 惑星の新しい定義には「clear(排除or掃過)」という考え方が入っています。 自分の衛星以外の天体が軌道付近に無い状態になっているということです。 背景には、惑星の起源についての仮説があります。 太陽系誕生初期の何億年かの間に原始天体が衝突を繰り返して大きくなり惑星になったという説が最近有力視されています。 「clear」はその結果だというわけです。 これはあくまで仮説ですが、事実として海王星までの惑星は他の天体を「clear」した状態になっているので、それを定義としたわけです。 そして、「clear」はしていないが、自分の重力で球形になるほど大きな質量を有している、他の惑星の衛星ではないものを「準惑星」と定義したわけです。

参考文献

Wikipedia「冥王星



通算第230回(2015年12月号)

 冥王星は準惑星に格下げになると共に、小惑星としてのシリアル番号が付与されました。 そこで、小惑星について見てみたいと思います。

第37講:惑星のこといろいろ(第9回)

 「小惑星」という日本語は「小さな惑星」という意味ですが、「惑星に似ているが惑星ではない」ものです。 元々は、発見時に恒星との区別が難しかったことからasteroid(「恒星もどき」の意)と呼ばれていたのを意訳したものですが、現在ではasteroidは岩石を主成分とするもののみを指し、小惑星一般(惑星でも衛星でもなく星像に拡散成分が無い太陽系天体)はminor planetと呼びます。 planetoid(「惑星もどき」の意)という呼び方もありますが、現在は正式呼称ではないようです。

 このあたりの訳語の複雑さは色々混乱の元になっているようです。 映画「Star Wars」エピソード1で物語の舞台である「ナブー」のことを「small planet」(小さな惑星)と説明している字幕を日本語版で「小惑星」と訳してしまい、誤訳として物議を醸しました(ブルーレイ版では修正されたようです)。

 さて、小惑星の発見には面白い経緯があります。 地動説を採用すると惑星の運行が単純な原理で説明できることが明らかになり、太陽系の様子がスッキリ理解できるようになりました。 すると、地球も含めて全ての惑星が、ほぼ同一平面上の軌道にあり、軌道の間隔も外側ほど徐々に開いていて規則性がありそうだということが注目されるようになりました。 18世紀には、この規則性が具体的な数列で表現できることが発見されました。 発見者と広めた人の名を並べて「ティティウス・ボーデの法則」と呼ばれます。

 この法則は、1781年に発見された天王星が従っていたため、一躍有名になりました。 ところが、この法則では火星と木星の間に「空席」があったのです。 そこで、この空席を満たす惑星探しが行われ、1801年に発見されたのが小惑星ケレス(セレス)です。 これは他の惑星よりも極端に小さいものでした。 その後の数年間に、似たような位置に複数の小さな天体が発見され、半世紀後には毎年新しい天体が発見されるような状況になりました。 結局ここには惑星とは異なる小天体群があるらしいということになり、それを「小惑星」と呼ぶことにしたのです。

参考文献

Wikipedia「冥王星



通算第231回(2016年1月号)

 小惑星についてもう少し詳しく見てみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第10回)

 火星と木星の間の「空席」部分に小惑星帯があることから、当初は元々この位置に存在した惑星が何らかの理由で破壊されて小惑星群になったという考え方が有力だったようです。 しかし、惑星の組成についての研究が進み、小惑星の組成に一旦惑星になって熱変成を受けた形跡が無いことが明らかになりました。 そこで、むしろ逆に、太陽系形成初期に多数の原始天体が衝突して惑星に成長していった過程が、小惑星帯では何らかの理由で阻害されたという考え方が有力になっているようです。

 太陽系の惑星は、小惑星帯を境にして内側と外側とで性質が異なっています。 内側にある4つの惑星は岩石でできていて「地球型惑星」と呼ばれています。 外側にある4つの惑星はガスや氷(水以外のメタンやアンモニアなどの氷も含む)が多く含まれ、古くは4つとも「木星型惑星」と呼ばれていました。 最近は外側の天王星と海王星は氷成分が多いことが判明し、この2つを分けて「天王星型惑星」と呼んでいます。

 このような性質の違いも、惑星起源論での説明が進んでいます。 温度や磁場など様々な条件が太陽からの距離によって異なるため、距離ごとに原始天体の集まり方に違いが生じるという説明です。 そして、実際に小惑星帯のあたりが臨界値になるような条件も指摘されているようです。 そうすると、小惑星群は条件が中途半端だったために惑星に成長できなかったという可能性も考えられることになりますが、現段階では、むしろ隣の木星の重力の影響で成長が阻害されたという考え方の方が有力なようです。

 ところで、小惑星発見の契機となった火星木星間の「空席」の存在を主張する「ティティウス・ボーデの法則」ですが、最近は単なる偶然に過ぎないという考え方が有力なようです。 1846年に発見された海王星がこの法則から外れていたうえ、惑星起源論に基づくシミュレーションでもこの法則を必然的に導く要因が出てこないからです。 冥王星が海王星の軌道を狂わせる原因として予想されて発見された経緯と同様、発見の根拠になった要因が実は幻だったという可能性が高いわけです。

参考文献

Wikipedia「小惑星」「天王星型惑星



通算第232回(2016年2月号)

 火星木星間の「小惑星帯」以外の小惑星についても見てみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第11回)

 かつて小惑星は火星木星間の「小惑星帯」にあるのが基本で、例外的にそこから離れて運行しているものがあると考えられていました。 しかし、観測技術が進み、1990年ごろから海王星以遠の領域に多数の天体が存在することが明らかになってきました。

 これらの天体のことを総称して「trans-Neptunian objects」略して「TNO」と呼びます。 直訳すると「海王星以遠天体」ですが、日本語では2007年以降「太陽系外縁天体」という呼び方で統一しようということになっています。

 太陽系外縁天体のことは、まだまだ観測成果も不充分で、よく解っていません。 従って、小惑星帯にある天体と太陽系外縁天体とが本質的にどう違うのかということも仮説の段階です。 そこで現在のところ、太陽系内のどこにあるかを全く考慮せず、星像に拡散成分が無い全ての天体(惑星と衛星を除く)を「小惑星」と呼んでいます。

 太陽系外縁天体が実際に確認されたのは1990年ごろ以降ですが、様々な状況証拠から理論的に予測されていた部分がありました。 主だったものとしては、短周期彗星の起源として1943年に提唱された「エッジワース・カイパーベルト(EKB)」と長周期彗星や非周期彗星として1950年に提唱された「オールトの雲」があります。 いずれも当初に提唱された描像からかなり修正されており、一時は「EKB」が「オールトの雲」の起源だという主張もあるなど、相互の関係も想定されているようです。

 現在のところ、EKBの方が理論的位置付け(海王星の重力の影響を受け、軌道が海王星の軌道と共鳴しているなど)が明確になっており、冥王星もEKB天体の1つと考えられています。 今後、観測成果が蓄積されると共に、太陽系外縁天体の描像もどんどん変わっていくだろうと思われます。

参考文献

Wikipedia「太陽系外縁天体」「オールトの雲」「エッジワース・カイパーベルト



通算第233回(2016年3月号)

 惑星を介した「宇宙観の解明」ということについて少し考えてみましょう。

第37講:惑星のこといろいろ(第12回)

 第1回でも説明したように、「惑星」は夜空を観察してきた人々にとって不思議な存在でした。 そして、その謎を解き明かそうとする努力によって、我々が棲む宇宙の姿が明らかになってきました。 そして「TNO(太陽系外縁天体)」に関する新発見が未だに続くことからも解るように、その解明はまだまだ途上なのです。

 その出発点である惑星運動について、天動説から地動説への転換という大きな描像革新が数百年前にあったことは御存知だと思います。 「転換」といっても、天動説という考え方自体が誤りとされたわけではありません。 というか、そもそも「どちらが正しいか」という発問自体がナンセンスなのです。 宇宙空間には「動かない基準」などそもそも存在しないので、宇宙について記述するために都合が良いように何か基準を決めるしかありません。 その基準として地球を選べば天動説ですし、太陽を選べば地動説です。 ただそれだけの違いでしかないということに気付くのが最初の難関だとも言えます。

 では、地動説を選べば、つまり太陽を基準にすれば何が好都合かというと、惑星を始めとする天体の運動が「どのようにして」「どのような仕組みで」起こっているのかを理解するのに好都合なのです。 天動説では、つまり地球を基準に見れば、惑星の運動は複雑怪奇で不可解であり、その運動をもたらしている力学も説明が困難です。 しかし、太陽を基準に見ることによって、地球と惑星が別々に単純な動きをしていて、その動きが組み合わされたために複雑になっているだけなのだと理解することができます。 そして、各々の単純な動きをもたらす力学も、太陽との間の引力のみで概ね説明できるわけです。 その結果、天動説的描像は、動いている地球から見て天体がどのように動いている「ように見えるか」という相対運動の記述だと割り切って見れるようにもなります。

 このように、惑星運動をどのように捉えるかという考え方を整理して行くことによって、我々の宇宙観は発達してきたわけです。 そして、新たな天体現象の発見を通じて、その流れは続いていくと考えられます。



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