「カルメン」という物語について正確な詳細は知らなくても、「カルメン」という登場人物について「カスタネットを持って踊る魔性の女」という程度のイメージは多くの方がお持ちだと思います。 物語の主人公は、このカルメンに誘惑されて身を持ち崩し、最後には殺人者になってしまう兵士「ドン・ホセ」です。
「カルメン」の物語は元々は小説です。 小説と歌劇で細かい設定は色々と異なっているのですが、話の大筋は同じです。 映像作品も多数作られているようです。
歌劇「カルメン」の音楽としてよく知られているのは、その中から抽出して管弦楽のための「組曲」にしたものです。 当然ながら、管弦楽だけで演奏しやすい曲が選択されており、歌劇の流れからいうと選曲に偏りがあります。 極端なのは第1組曲で、当初の版では、第1幕から第4幕までの各々の幕が始まる前に管弦楽だけで演奏される曲(一般に「序曲/前奏曲」と呼ばれることが多いが、カルメンの場合には第1幕以外は「間奏曲」と呼ぶ)だけを集めたものでした。 第1組曲に後から追加された曲や第2組曲は、元々は歌の入った曲で、歌の部分を器楽に置き換えています。
そして、いずれにしても組曲の演奏順序は歌劇のストーリーと無関係ですし、構成曲が少し違う複数の版があります。 そのため、「カルメン組曲の演奏」も、順序を変えたり、いくつかの曲を省略したりしているものが多いようです。 ただ、いくつか見てみましたが、歌劇のストーリーを再現しようとしているものは見つかりませんでした。 その理由の1つとして、組曲だけでは物語が終わらないということがあるでしょう。 「第4幕への間奏曲」よりも後の場面の曲が組曲に選択されていないからです。
秋の演奏会では、組曲からいくつかの曲を選んでストーリーに沿って演奏した後、組曲に含まれない「最後の場面の曲」も採り上げて物語を完成させる予定です。 そのことも踏まえて、カルメンの歌劇・音楽・原作小説について、順次見ていきたいと思います。
主人公の「ドン・ホセ・リッツァラベンゴア(通称ホセ・ナヴァロ)」は、スペインのセビリアで勤務する、バスクのナヴァラ地方出身の兵士です。 近くのタバコ工場へ通う女性たちを冷やかすなど不真面目な勤務態度の同僚たちが多い中で、真面目な勤務態度を貫いて伍長を勤め、軍曹への昇進も近い状況でした。 (原作では単なる独身者ですが、歌劇では母親と養女(ホセの許婚者)が近隣に転居してきていることになっています。 カルメンとの対比を強調するための設定と言われています。)
タバコ工場で働く恋多き女カルメンは、そんな真面目一徹のホセに目を付け、盛んに誘惑します。 その直後、カルメンが同僚と喧嘩して相手の顔面を傷つけるという騒ぎを起こし、ホセが監獄への護送責任者になりました。 カルメンはホセを誘惑して護衛を手抜きさせて逃走し、ホセは責任を負って伍長からヒラ兵士に降格されたうえ、1ヶ月の営倉(兵士の監獄)入りとなってしまいました。 その間、カルメンはホセに脱獄用のヤスリと逃走資金を差し入れるなどしたうえ、満期出獄したホセに近付きます。
ホセはカルメンの誘惑に負け、交際するようになります。 その最中、カルメンに言い寄っていたホセの上官と鉢合わせしてしまい、軍隊から飛び出す破目に陥ってしまいました(原作では上官を刺殺しているが、歌劇ではカルメンたちが上官を脅迫)。 行き所を失ったホセは、カルメンが「手引き役」として関わっている密輸団(原作では追い剥ぎなどの盗賊行為も働いている)に身を投じることになります。 その結果、ホセとカルメンの間の距離は近付きますが、カルメンのホセへの熱は、むしろ冷めてしまいました。
カルメンはグラナダの闘牛士に熱を上げるようになっていました。 ホセはカルメンを呼び出し、汚い稼業から足を洗ってアメリカへ渡り、共に堅実に暮らすよう説得しようとしますが、カルメンは承知しません。 カルメンはホセに殺される運命にあることを占いで予感しており、その運命を受入れようとします。 そして、ホセはカルメンを刺殺してしまうのです。
原作の全訳は文庫では下の2種が出版されています。 新潮文庫には同じ作者の他の小説も収録されています。
岩波文庫 ISBN-10:4003253434 ISBN-13:978-4003253434 ¥420+消費税
新潮文庫 ISBN-10:4102043012 ISBN-13:978-4102043011 ¥550+消費税
「ジプシー」という民族名は「エジプト人」を意味する言葉から頭の「エ」が脱落したものと考えられています。 歴史上に登場した当初から「漂泊の民」であった彼らが、ヨーロッパ各地を自由に移動できるようにするために「エジプト“の方から”来た」と称したのが始まりだという説が有力です。 エジプトは「キリスト教発祥の地の近く」と認識されていたからです。 同じく「エ」が脱落した「エジプト人」が語源とされる呼称に「ジタン」(スペイン語なまりで「ヒタノス」)があります。
この民族を指す古くからの呼称には、他に「チゴイネル」「ツィンガニ」などの系統があり、これは「不可触民」を意味するギリシャ語が起源だとされています。
いずれにしても、ヨーロッパに定住している人々から見ると、相容れない文化を有する「よそ者」ですから、歴史的に迫害されてきました。 そのため、伝統的な民族呼称自体が差別的に用いられる傾向があります。 そこで、最近は「ロマ」という自称が推奨される傾向があるのですが、「ロマ」はあくまでジプシーの「多数派」に過ぎないため、「ロマ」に属さないと主張するグループの反発があり、少々話が厄介です。
ところで、「カルメン」の作品中では、舞台がスペインということで「ヒタノス」という表現が使われている部分もあるのですが、基本的には「ボヘミア人」と呼ばれています。 「ボヘミア」は現在の国でいうとチェコあたりの地域を指します。 何故そのように呼ばれるかというと、フランスに居るジプシーが主にボヘミアからの転入だった時代があったからのようで、フランス語でしか通用しない表現のようです。 つまり、「カルメン」は小説も歌劇もフランス語で書かれているので、こうなっているのです。
ビゼーの音楽における個々の曲名も、元のフランス語では例えば「ボヘミアの踊り」などとなっています。 これを英語や日本語に翻訳するとき、「ボヘミア」のままにする場合と「ジプシー」に変えてしまう場合とがあるので注意してください。 どちらでも内容は全く同じです。
Wikipedia「ロマ」
第1回でも説明したように、組曲は歌劇のストーリーと無関係な順序に並んでいます。 作曲者自身が選曲したものではないこともあり、出版社の判断で後から曲が追加されています(元々は2つの組曲が各5曲だったところへ1曲ずつ追加して各6曲)。
特に第1組曲の元の5曲は、歌劇の第1幕から第4幕までの前奏曲や間奏曲(4幕しか無いのに5曲なのは、第1幕前奏曲の前半と後半を別の曲として扱っているから)なので、歌劇の中の「こういう場面の曲だ」と言いにくいものです。
さて、このあと一般の客を帰した酒場でカルメンたちが違法な金儲けの相談をしているところへ、出獄したホセがカルメンを探してやってきます。 カルメンはお気に入りのホセを悪事の仲間に引き入れようと誘惑します。 そこへカルメンに言い寄っていた中尉が戻ってきて鉢合わせ。 密告を阻止するためカルメンたちが中尉を脅迫し、その結果ホセは軍隊に居られなくなってしまいます……というストーリーに関わる曲は組曲には含まれておらず、ここで途切れます。 というわけで、続きは次回。
ちなみに「夜想曲」は素直に読んでも良いのですが「ノクターン(ノクチュルネ)」とルビを振ることもあります。 片仮名のみとする場合もあります。
さて、このあと闘牛士が現れてホセと決闘する騒ぎになります。 決闘はカルメンたちに制止され、闘牛士はセビリャでの闘牛に招待するという形でカルメンへの愛を語って去ります。 この騒ぎの間ミカエラは隠れていたのですが、直後に見つかって引き出されます。 結局、ホセの母が危篤と訴えるミカエラに連れられてホセはカルメンたちの元を離れます……というストーリーに関わる曲は組曲には含まれていません。 そして、これ以降で組曲に含まれるのは第4幕への間奏曲だけです。 つまり、第1回でも説明したように、組曲だけでは物語が終わらないわけです。
第4幕の舞台はセビリャの闘牛場です。 カルメンは闘牛士と愛人関係になっていました。 闘牛士は闘牛場でヒーローになっているのですが、その群衆の中にホセも居ました。 ホセはカルメンと2人きりで対峙し、汚い稼業から足を洗って共に堅実に暮らすよう説得しようとしますが、カルメンは承知しません。 カルメンはホセに殺される運命にあることを占いで予感しており、その運命を受入れようとします。 そして、ホセはカルメンを刺殺してしまうのです。
注:夜想曲は第2組曲に含む場合は3曲目ですが、含まれない版もあります。 具体的には、夜想曲を闘牛士の歌に差し替えて5曲とする版と、夜想曲の後に闘牛士の歌を入れて6曲とする版があります。 また、夜想曲を抜いた5曲に、第1組曲に追加されることが多いセギディーリャを3曲目に加えて6曲としている版もあります。
歌劇「カルメン」は1875年3月にパリで初演されていますが、このときの楽譜は残されていないようです。 現存しているのは、同年10月のウィーン初演のために改編されたものです。 作曲者のジョルジュ・ビゼーは同年8月に死去しており、改編は他のビゼー作品を死後に多数編曲したことでも知られる親友のエルネスト・ギローが行いました。
このような経緯から、「カルメン」のパリ初演は失敗だったと一般に考えられることが多いのですが、何十回もの公演が予定通り続けられた興行を失敗と考えるのはおかしいという意見もあります。 あくまでウィーン版の大成功に比べての相対的な「失敗」に過ぎず、パリ初演自体は成功と考えるべきものなのかもしれません。
パリ版の楽譜は後世の復元しかありませんが、元になった台本は残されています。 これをウィーン版と比較すると、まず曲数が半分くらいしか無いことに気付きます。 パリ版は歌曲と歌曲の間を歌手による台詞でつなぐ形で進んで行く形になっています。 しかし、ウィーン初演に際して、これを当時の大規模歌劇の一般的な形式に改編する必要が生じたようです。 その結果、元の台詞の部分をレチタティーボ(簡単な歌曲による掛け合いでストーリーを進める部分)に作り替えることになったわけです。
前回や前々回で各々の曲について「第*幕第*曲」という書き方をしましたが、この曲順はレチタティーボを除いて数えたものです。 現在の楽譜でも、レチタティーボは直前の曲の枝番で表示されていて、レチタティーボを除いた順序で番号が振られています(但し、幕を跨がる通算になっている場合が多いようです)。 そしてこれは基本的にはパリ版の曲順であると考えられるわけです。
Wikipedia「カルメン(オペラ)」
山口博史(2014)カルメン組曲第1番・第2番(ミニスコア)解説、全音楽譜出版社 ISBN 978-4-11-890852-6
フランスの文学者プロスペル・メリメ(1803〜1870)による原作は、考古学者である語り手が主人公ドン・ホセの回顧談を聴き取ったものという形になっています。 作者は考古学や美術史にも詳しくスペイン旅行の経験もあったようで、語り手には作者自身がモデルになっている部分も多々あるようです。
アンダルシア地方(スペインの最南部:主要都市のセビリア・コルドバ・ジブラルタル・マラガ・グラナダはホセの回顧談にも登場する)を旅していた語り手は、途上で休憩に適した泉のある場所を見つけ、そこでホセに出会います。 当初は警戒していたホセですが、そのうち打ち解け、同じ宿を目指していることが判って同道します。 しかし、当時のホセは盗賊行為を働く脱走兵として指名手配されていました。 語り手の案内人は賞金目当てに夜中に抜け出して密告に走ります。 語り手はそのことをホセに知らせ、案内人が槍騎兵の小隊を連れて戻ってきた時にはホセは逃走していました。
その後、コルドバの街に滞在した語り手は、占い師として近付いてきたカルメンの根城を訪れました。 そこへホセが現れ、カルメンが金品強奪目的で男を連れ込んでいることに気付いて口論になります。 そして相手が何者であるかを認め、早々に退散させます。 語り手はその後しばらくアンダルシア各地を巡って、コルドバへ戻ってきたところ、知り合いに「生きていたのか」と感激されます。 というのは、高価な飾りのついた引打時計(操作すると現在時刻を鐘の音で知らせる懐中時計)をカルメンが語り手から盗んでいたからです。 丁度ホセがカルメンを殺害して逮捕された直後で、ホセの所持品の中にその時計があったので、持ち主である語り手は殺されたものと思われていたのです。
そんな縁で、語り手は死刑囚として収監されているホセに面会に行きます。 そしてホセは、故郷(スペイン北部バスク地方ナバラ州のバンプロナ)の母に形見を届けるよう頼み、カルメンに出会って転落して行った自分の物語を語るのでした。
歌劇「カルメン」のストーリーは、原作の6割を占める主人公ドン・ホセの回顧談を概ね踏襲していますが、細かい差異がいろいろあります。 その背景には、当時は舞台上で不道徳な内容を演じてはならないという考えが強く、パリ初演の際に劇場経営者がそれを強く求めたということがあるようです。
この考えに沿った最も大きな改変は、ホセと同郷の許婚者ミカエラを登場させたことでしょう。 ミカエラは原作に全く登場しない人物で、ただ「おさげ髪に青いスカート」という身なりが、ホセが故郷の女性たちのことを形容する文脈で出てくるだけです。 ミカエラはホセのことを一途に想い、危険を冒してでもホセを更生させようとするという、「道徳的に理想的」な女性に設定されています。 それまでの歌劇ではヒロインはソプラノと決まっていたのですが、カルメンはメゾソプラノであり、ミカエラがソプラノです。 旧来のヒロインのイメージをミカエラに集約させていると言えるかもしれません。
逆に歌劇に全く登場しないのが、カルメンの夫ガルシアです。 ホセと出逢ったときには獄中にあり、途中で脱獄して仲間に復帰するのですが、ホセが決闘を挑んで殺してしまいます。 原作ではホセはガルシアのほか多数を殺害しているのですが、歌劇では最後にカルメンを殺害するだけです。 これも不道徳な内容を避ける意図によるようです。
道徳性と直接関係なさそうな改変として、闘牛士の位置付けがあります。 原作の闘牛士ルーカスは最後の方で少し出てくるだけで、しかも牛に重傷を負わされてアッサリと物語から姿を消します。 それに対して歌劇の闘牛士エスカミーロは早い段階から登場し、ホセの恋のライバルとして大きな存在感を示します。 ホセがカルメンを殺害するラストシーンも原作では闘牛が終わったあと郊外へ移動してからですが、歌劇ではエスカミーロが大活躍している闘牛場の歓声が聞こえる中での場面になっています。
第1回や第4回でも説明したように、現在最も普及している組曲は、歌劇の前奏曲や間奏曲をそのまま収録したり、あるいは歌の部分を器楽に置き換えたりしたもので、この置き換え以外の改変は基本的にありません。 これには、第7回でも説明したように作曲者が歌劇の初演後間もなく死去したため、他の者が大きな創作を加えるわけにも行かなかったという事情もあるようです。 この組曲は、選曲や改変を行ったフリッツ・ホフマンの名を採って「ホフマン版」と呼ばれることもあります。 第1回や第6回でも説明したように、組曲だけでは歌劇のストーリーが終わりませんし、あくまで歌劇用であり演奏会用楽曲として面白みに欠けているという意識もあるようです。 そのせいか、カルメンには様々な作曲家による改作が多々有ります。
例えばカルメンの「組曲」と称する作品に、ロシアのロディオン・シチェドリンによるものがあります。 バレエ上演のための作品で、打楽器を加えた弦楽合奏という変わった編成で書かれています。 内容は歌劇のストーリーの流れに概ね沿っていますが、途中で何故か「カルメン」以外のビゼーの作品(「アルルの女」や「美しきパースの娘」など)が登場するなど妙な構成になっています。
組曲的なものとしては、モートン・グールドによるものも有名です。 歌劇から選んだ20曲を編曲してストーリー順に並べたもので、作曲者は「歌劇の短縮版」と称しているようです。 管弦楽用の作品としては、他にホセ・セレビリエールの「カルメン交響曲」があります。 12曲を概ねストーリー順に並べたものですが、こちらはホフマン版同様、ストーリーが終わっていません。
他に協奏曲形式やソロ作品も多々あり、有名なところとしてはパブロ・デ・サラサーテの「カルメン幻想曲」(バイオリン協奏曲の形式)を挙げることができます。
Wikipedia「カルメン(オペラ)」
大岩公壱(2009)ビゼー=シチェドリン「カルメン組曲」(ミニスコア)解説、全音楽譜出版社 ISBN 978-4-11-892511-0