酒井先生の御得意の言回しに、「後に目を付けて……」というパターンがあります。 もちろん、本当に背後を見るわけには行かないのですが、その気になれば背後の奏者が何をしようとしているか察知し、背後の奏者に合わせて発奏することが可能です。
一体何を察知するのでしょうか? それは、例えば「気配(けはい)」という言葉で表現されるものです。 力石くんあたりは「オーラ(aura:霊気)」という表現をよく使いますね。 私自身は高校時代に指揮台上で「超能力」と呼んだことがあります。
こんな表現をすると、何か怪しげな超自然的なもののように思うかもしれませんが、実は「息遣いの音や風圧・体を動かした時の衣摺れの音・体を動かしたために起った風の音や風圧・体を動かしたことによる影の動き・体につれて影が動いたことによる照明の熱を受ける量の変化・身構えて体温が上昇したことによる放射熱の変化」といったような微妙なモノを感じているのです。
逆に言えば、他の奏者とタイミングを合わせて行きたい場合には、相手がこのような「気配」を感じ易いように、意図的に動けば良いわけです。 このとき、相手に超自然的な信号を投げ掛けるような感覚で動けば、相手によく伝わるという経験則があります。 この感覚のことを「オーラ」と表現しているわけですね。
「Satz(ザッツ)」というドイツ語があります。 元々は「文章」という意味で、「楽章・楽節」の意味にもなります。 「Einsatz(アインザッツ)」つまり「楽節への入り」という言葉は「音を鳴らし始めるタイミング」という意味で「Einsatzを合わせる」というようにも用いられます。 そして、そのために合図を出すことを「Einsatzを出す」と表現します。 この「Einsatz」を「Satz」と略して(辞書にも「稀に用いる」との注釈つきで載っている用法)「ザッツを出す」という表現になるわけです。 まあ「オーラ」よりは、この方が「マトモな音楽用語」に聴こえますね。