「ダフニスとクロエ」は2世紀末ごろに書かれたとされるギリシャ語の小説です。当時の西洋はローマ帝国が支配していましたが、文化的にはギリシャ系が優勢でした。
共に高貴な生まれの捨て子で、山羊に育てられ山羊つかいの養子になったダフニスと羊に育てられ羊つかいの養女になったクロエは、幼なじみの恋人同志。二人の周囲で様々な出来事があり、最後は各々の出生身分も明らかになり、無事に結婚する……というのが元々の小説の粗筋です。
しかし、ラベルがこの小説をバレエ化するに際しては、このストーリーを全て追うのではなく、一部だけを取り出しています。元の小説は4部構成に書かれているのですが、そのうち第2部がバレエの元になっており、そこだけで完結するよう若干話を変えてあります。また、第1部や第3部の要素も混ざり込んでいます。
第2部の元のストーリーは、隣接都市の若者グループとの間にトラブルがあり、彼らが帰ったあと自分たちの失策を隠して嘘の報告をしたために、その都市の海軍が攻め込んできてクロエが捕虜になったというものです。しかし、二人を山羊や羊に育てさせた牧神パンが嵐を起こしたうえ指令官に夢のメッセージを送り、クロエは解放されます。バレエでは、隣接都市とのイザコザの経緯を説明すると複雑になると思ったのか、攻め込んできたのを単なる海賊にしています。なお、小説の第1部では、全く違う経緯でダフニスが海賊に誘拐されそうになる展開があります。恋敵のドルコンも、小説ではこの第1部の流れの中で登場します。
元の小説では二人が結ばれるまでの細かい経緯も描写されています。互いに惹かれあうものの、性愛の知識が無いために一線を越えるには至らないという展開です。バレエでは人妻リュカイニオン(フランス語読みでリセニオン)がダフニスを誘惑する場面が軽く流されていますが、元の小説では第3部でダフニスに交合の手ほどきをしてしまいます。このような点を捉えて、これは小説ではなく性教育の教科書だと批判されたこともあったほどです。
岩波文庫「ダフニスとクロエー」(松平千秋訳)ISBN4-00-321121-9
井上さつき「ダフニスとクロエ第2組曲」ミニスコア解説(音楽之友社)ISBN4-276-90954-6