インターネットのような「迅速に情報発信ができる媒体」においては、情報が適切に更新されていることが必要不可欠である。 もちろん、インターネット上にも「古くても役に立つ情報」は沢山ある。 全く無効になっている情報(例えば既に終了したイベントに関する募集情報など)でさえも、そのイベントの過去の経緯を知ろうとする人にとっては「宝の山」である。 しかし、そのような無効な情報が「無効」と判らない状態で放置されていたり、対応する有効な情報が発信されていない状況であったりすれば、情報発信の質としては非常に低いと評価せざるを得ない。
このような問題について、博物館が情報発信を行う組織体制との関わりに着目して考えてみたい。
博物館の情報発信として「最小限の情報」は、博物館の趣旨(テーマ)や利用方法の概略(所在地やアクセス手段など)であろう。 現在では、このレベルの情報発信はほとんどの博物館において実現されるに至っており、その多くは地域(主に市町村役場や観光協会・商工会など)による「観光情報」の一環として発信されているようである(1)。
そんな中で少し頑張って詳しい情報の発信を実現した館の中に、その後の更新状況が芳しくない例がある。 滋賀県内の某町立館では、詳しい展示案内を伴う独自ページを有しているのだが、約1年半にわたって更新されておらず、最近になって整備された町役場ページの中の紹介情報へのリンクすら無い。 実はこの館の場合、町役場ページと館独自ページの情報が相補的になっている。 即ち、両方の内容を総合して整理し直せば発信内容の向上につながるのであるが、それが全く実施されないまま放置されているわけで、非常にもったいない状況に陥っている。
このような状況が生じる原因として考えられることの1つに、ページ整備を「日常業務」として位置付けずに「イベント型事業」として計画実施しているケースが多いことが挙げられる。 この場合、整備後の管理体制が組織されないままに終る可能性が高いし、運良く次の「イベント」が実現したとしても、前の「イベント」の成果との有機的な連携が充分に考えられなかったり、契約形態などによっては前の成果を改変することが容易でなかったりするために、無駄な「情報の並列」に陥りやすいであろう。
それでは、ページ整備を「日常業務」として位置付ければ問題は解決するのであろうか? 実はそうではないということを琵琶湖博物館での実例で示してみたい。
琵琶湖博物館のインターネットページは1996年10月に開館した直後の12月末に公開したのであるが、イベント情報などの「更新を要する情報」に弱点があることが当初から認識されていた(2)。 各行事を担当する現場から情報発信の技術担当へ必要な情報が全く来ず、チラシ等で広報が始まったのを技術担当者が見て、慌てて現場から情報を得て掲載するという事態が相次いだのである。
理屈から言えば、インターネットなどの電子メディアによる発信だろうと紙メディアによる発信だろうと、情報発信に至るまでの手続きは同じはずである。 いずれにしても、発信するべき情報を内部的に収集整理して編集する作業は必要であるし、編集した者と実際に発信メディアを製作する者が異なることが少なくないという点でも同様である。にもかかわらず、電子メディアのみが現場から無視されるという傾向が依然として存在する。
対策としては、残念ながら今のところ精神論的なものしか見出せていない。 即ち、インターネットを介した発信を特別なものとは考えず、イベントの「広報」を考える際に当然のメディアとして反射的に意識するようになることを目指した「意識改革」である。
もちろん、この「意識改革」を促進する手段は多々存在する。 最も効果的なのは、業務をルーチン化・マニュアル化する機会を捉えることであろう。 例えば、琵琶湖博物館では、開館後4年間に8回開催した企画展示に際して、前企画の担当者との情報交換が充分になされず、重複した設備投資が起こったり、同じ問題で企画ごとに同じ大騒ぎをする例が出てきた。 そこで、「企画展示準備のマニュアル」の整備を進めることによって、無駄な騒ぎを避ける方策を探ろうとしている。 そして、このマニュアルの中にインターネット発信についても盛り込むことで、企画展示の情報発信に関する問題についても解決を図ろうとしている。
また、情報発信の担当者が小マメに「御用聞き」を行って、各行事の担当者から情報を得るという作業を試みたこともある。 結果的には、頻繁に「御用聞き」を行う余裕が無く、直接的な効果はあまり挙がらなかった。 しかし、各部門の担当者にインターネット発信を意識させる間接的な効果はあったように思える。
各部門の担当者にサーバ内容の編集権を与えて直接に編集させるという方向性も考えられる。 これは、各部門の意識を高めるという意味で長期的には効果的であろうが、一時的にせよ現状より更に情報更新が滞る事態に陥ることは避け得ないと思われ、短期的なリスクは大きい。 また、誤編集による混乱を避けるためには適切なアクセス権設定が必要であるため、全体構造を担当部門別の縦割りにせざるを得なくなるなどの技術的問題もある。
現実問題として、県庁本庁との調整を必要とするような大きなイベントに関しては、県庁全体に「インターネットで情報発信」という意識が定着してきたのに連動して、そのような企画調整の現場から無視されることは減ってきている。 その結果、現状で最も問題になっているのは、ほぼ毎週末ごとに交流行事(教育普及行事)を担当している現場である。 即ち、インターネットでの案内が実際の行事に間に合わなかったり、細かな予定変更が適切に反映されない事態がなかなか無くならない。 これは、開館後の早い段階で、必要に迫られてチラシなどの紙メディアによる広報をルーチン化してしまったことが裏目に出ていると考えられる。 即ち、インターネット抜きでのルーチン化が完成してしまった部分が最も厄介なのである。
以上では、「利用案内・イベント情報」の整備、即ち広報媒体としての利用法に着目してきたが、これは博物館の情報発信としては初歩の初歩でしかないことは言うまでもない。 本当に博物館らしい利用法と言えるのは、インターネットを介した「博物館活動」であろう。 これには展示内容の詳細な紹介なども含まれるが、これは「利用案内・イベント情報」の量的充実と捉えることができるので、本稿では除外する。また、利用者との双方向コミュニケーションが直接的に重要な活動は、「発信情報の更新」の範疇を超えるので、本稿の対象外とする。 即ち、本稿では「資料データベース」や「電子図鑑」のような形で「学術情報」を発信して行くような場合を考える。 琵琶湖博物館では、これを「電子博物館」と称して展開している。
「資料データベース」の整備は、博物館の資料整備活動や研究活動にとっても重要である。 むしろ、このような活動のために整備されたデータベースがまずあって、それを前提に公開用コンテンツ(情報内容)の整備について考えるというのが手順であろう。 琵琶湖博物館でも、開館4年前の準備室段階で「まずは内部的に使えるデータベースの実現」という目標を設定して「準備室データベース」の整備を進め、そのデータベース内容を発信する方法は後で考えることにした(3)(4)。 これは、4年も経てば技術的状況が変わっているだろうという予測にも基づいている。 実際、この4年の間にインターネットブームが到来したので、この予測は的中したことになる。
ただ、準備室段階では、内部的なデータベースが整備されれば公開も即座にできると安易に考えていた傾向があった。 しかし、開館後に実際にネットサーフィンしながらデータ公開に際しての問題点を整理していた担当者が図らずも漏らした言葉は「単なるデータベース公開ってつまらない」というものであった。
もちろん、単なる公開でも全く無意味なわけではない。 例えば、琵琶湖博物館の魚類データベースは専ら「不特定多数の専門家」を対象として公開している。 また、図書資料のデータベースは資料を特定するキーワードが素人にも理解しやすいという特徴があるので、これも「そのまま公開」できるものであった。 しかし、その他の全てのデータベースを、公開して意味がある状態にするのは現状では無理であると判断された。
魚類データベースは関連する学芸員の研究成果に直接結びつくものであり、かつ研究協力の必要から早期公開が求められていた内容である。 また、図書データベースは司書業務の必要から必然的に整備されるものである。 即ち、博物館の日常業務の中に位置付けられたデータベースがそのまま公開に耐える内容になっているわけである。 それに対して、他の分野では、データベースを利用すること自体が試行錯誤状態であったり、特に公開が求められる強い理由が無かったりして、日常業務の体制が公開用データベースを整備できる状況になっていない。 即ち、この部分でも「日常業務の中での位置付け」の有無がコンテンツ整備の可否を決定しているのである。
さて、以上のような問題が館内で明白に意識されるようになった1999年ごろから、琵琶湖博物館では公開を前提とした「電子図鑑」の整備を「資料データベース」とは独立して進めている。 これは「博物館が収蔵している資料の一覧」ではなく、「博物館が対象としている資料の一覧」である。 対象を「“種”に分類」する方法が確立している生物学の分野以外では成立しにくいものではあるが、専門家でなくても容易に使えるという意味では、博物館に求められているコンテンツの典型とも言えるものであろう。
既に2000年1月に「淡水魚」の電子図鑑を公開し、現在「トンボ」の図鑑を整備しつつある。 他に「プランクトン」の図鑑も構想されているが、全く公開の見込が立っていない。 これは、担当できる学芸員が1人しか居らず、その学芸員が他の業務に多忙で手が回らないというのが直接の理由である。 図鑑として公開する以上、不正確な情報を出すわけにも行かず、担当学芸員の目を通すことはどうしても欠かせない作業である。 しかし、だからといって担当学芸員に任せきりにするわけにも行かない。 情報発信担当部署が積極的にバックアップ体制を作り、担当学芸員の「尻叩き」をしてでも整備を進めて行くべき問題である。 おそらくは、この「尻叩き」が次期の業務目標として設定されて行くことになるであろう。
以上、博物館からの情報発信を、3段階の発信内容に応じて各々「適切なコンテンツ更新」という観点から見てきたが、共通して重要なキーワードとなるのは「館の日常業務の中での位置付け」であろう。 インターネットによる情報発信を「日常から離れた特別なもの」とする意識を払拭して、業務の中に自然な形で組込んでいくことが重要である。