琵琶湖博物館湖沼物理分野展示補足説明

教師・保護者用(高校生・大学生の自習にも御利用ください)

 この文章は、琵琶湖博物館当初展示の一般公開(1996年10月20日)に際して、常設展示の中の湖沼物理分野の展示に関する補足事項をまとめたもの(開館記念式典が行われた10月18日付で脱稿)を部分的に修正し、公式Webでの展示解説文を付加したものです。 該当する展示は2015年11月に着工した展示リニューアルで無くなってしまいましたが、記録として公開しておきます。


 琵琶湖博物館の湖沼物理分野の各展示コーナーでは、物理現象を平易かつ簡潔に解説することを心掛けています。 そのため、記述内容に正確性や厳密性に欠ける部分や、当然派生するであろう疑問点を敢えて避けた部分が存在します。 このような部分の補足説明を簡単にまとめてみたので、御利用いただければ幸いです。

 湖沼物理分野の展示は、C展示室「湖の環境と人びとのくらし」を構成する5つの展示項目のうちの3つめの項目「湖辺のくらしと琵琶湖の自然」の後半部分にあります。

3―2 まわる琵琶湖

リニューアル前に琵琶湖博物館のWebで公開していた解説文
琵琶湖のなかの水は、地球の回転の影響をうけてふしぎな動きをしますが、その動きは、あまりにも大きくゆっくりしているので、わたしたちには直接みることができません。 しかし、地球よりもずっと速くまわる回転実験室のなかに入れば、わたしたちたの身のまわりの小さな物の動きをとおして、湖水のふしぎな動きを理解することができます。 回転実験室で体験できるふしぎな力のことを、コリオリの力とよびます。 わたしたちは、回転実験室に入らないとコリオリの力の影響を感じることはできませんが、琵琶湖の水は、いつもこの力の影響をうけているのです。

【振り子の実験】

 この実験は、地球の回転を初めて(1851年)直接証明した実験で、実験者の名をとって「Foucault(フーコー)の振り子」と呼ばれています。 宇宙(回転台外)から見ていると同じように揺れている振り子が、地球(回転台上)では地球とは一緒に回らずに取り残されるために、地球の回転と逆向きに回っているように見えるわけです。 地球が一周する間、つまり1日の間に振り子の振動方向が一周します。

 ところが、実際の地球では、北極南極以外では、振り子の振動面と地球の回転方向が斜めになっているために、少し話がややこしくなります。 振り子は水平方向には自由に動けるのですが、鉛直方向には重力と振り子を支える紐の張力とで拘束されています。 そのため、振り子は地球が回転しても完全に取り残されることはなく、少しだけ地球と一緒に回っていきます。 振り子が北極や南極から離れるほど地球と一緒に回ってしまう割合は大きく、緯度30度で半分となり、赤道では地球に完全にフォローします。 つまり、赤道で振り子の振動方向を地上から見ると、全く回転しないということになります。

【ボール投げ・立幅とび】

 回転台の上でボールを投げると、回転台の回る向きと逆向きに回るように見えます。 でも、回転台の外から見ているとボールは真っ直ぐ飛んでいます。 人が飛ぶ場合も同じです。

 回転台の上から見えるボールや人の動きは、ボールや人に横向きの力がかかっているのと同じです。 そこで、地球上の大気・海洋・湖沼の水の動きを考える時は、この横向きの力がかかっているものとして計算することがよくあります。 この見かけの力を「転向力」または発見者の名前をとって「コリオリの力」と呼んでいます。

【渦巻き作り】

 回転台の外では、右回りだろうと左回りだろうと、一度できた渦は、滅多なことでは向きが変わりません。 ところが、回転台の上では必ず回転台が回っているのと同じ向きの渦になります。 強引に逆向きの渦を作っても、しばらく時間が経つと逆転してしまいます。

 これは、水が水槽の一番外の部分へ入って来るときの回転が、水が中心へ向うにつれて強化され、これが渦の向きを決めるからです。 回転台の外で実験した場合には、水は特に大きな回転を持たずに入ってくるため、既に回っている渦に引きずられて微妙に回り、この微妙な回転が強化されて、元からの渦を強めることになります。 ところが、回転台の上では、回転台と共に回りながら水が入ってくるため、この回転が強化されて、元の渦の回転を凌駕してしまうわけです。

 水が中心へ向うにつれて回転が強化される現象は、高校の物理の教科書には「角運動量の保存」という名前で載っています。 簡単な図解で証明できるわりには、直感的に理解しにくい結果となる法則ですが、今の場合のように円運動に近い運動の場合には、中心へ引き込まれる力で加速されると考えても、大間違いではありません。

【コップの中のカーテン】

 この内容については、さらに詳しく解説した文書を後日作成しているので、そちらをご覧ください。

3―3 流れのある湖

リニューアル前に琵琶湖博物館のWebで公開していた解説文
回転実験室で体験した不思議な力を「コリオリの力」と呼びます。 わたしたちは、わざわざ回転実験室に入らないとコリオリの力の影響を感じませんが、琵琶湖の水はいつもこの力の影響をうけています。 どうしてこのように違うのでしょうか。 また、琵琶湖の水の流れにコリオリの力はどのように影響しているのでしょうか。

【環流像の時代変遷について】

 一般には神戸海洋気象台による風成環流像(解説パネルでは「1920年代の環流像」)が流布しているようですが、第一線の研究者の間ではこの描像は解説パネルの「1980〜90年代の環流像」のように、大きく修正されています。 もちろん、この描像は将来さらに変わっていく可能性があります。

 これは「実証データの蓄積に伴う科学的知識の進展」の 一例にあたるものです。この観点を、児童・生徒の年齢などの 状況に合わせて適切に指導されるようお願いします。

【Kelvin波について】

 映像資料で示したような、岸に沿って進む波を、この波について理論的に詳しく研究した人の名を取って「Kelvin(ケルビン)波」と呼びます。 Kelvin波は、地球が1回転する間に波が岸に沿って進む距離をd(km)とすると、岸から約d(km)までの範囲に捕捉され、それ以上沖へは伝わりません。

【静振と波の関係について】

 静振は定常波の一種です。 従って「琵琶湖」という器の大きさと波長との間に一定の関係があるときに発生します。 静振の周期が何通りかに決まっているのはこのためです。

 静振現象については、専ら定常波を構成する素元波の発生機構(水面勾配を解消しようとする水流の慣性)に重点を置いた解説も見受けられます。 映像資料での説明と大きく食い違っているように思えるかも知れませんが、説明の重点の置き方の違いに過ぎず、 決して矛盾しているわけではないということに注意してください。

【静振の読みについて】

 「静振」は欧米ではSeicheと呼ばれています。 これは元々スイスの小さな湖で知られていた現象をその湖の湖畔の地名で呼んだのが定着したというもので、そのまま「セイシュ」または「セイシ」とカタカナ書きすることもあります。

 「静振」という表記は、この原語の発音の音訳にもなるような表現として考え出されたものなので、「静振」という漢字を「せいし」と発音してしまう流儀も、専門家の間では一般に行われています。 しかし、漢字の読み方としては感心できない流儀なので、当館の解説ビデオでは「せいしん」という発音を採用しています。

【回転下での静振を重点的に扱った理由について】

 映像資料では、静振の定常波としての側面に注目した解説をしているので、定常波が1次元的になって視覚的理解が容易になる、回転の影響がある状況を重点的に扱っています。 非回転の状況でも、現象が2次元的になるということ以外は、本質は同じであることに注意してください。

【非回転静振の素元波について】

 映像資料では非回転静振を構成する素元波を矢印で例示しましたが、あくまで一部分しか示していないことに注意してください。 理工系大学の教養課程で扱う「膜の振動」でもわかるように、2次元の定常波を単純かつ完璧に理解することは困難です。

【琵琶湖における静振への回転の影響について】

 琵琶湖では外部静振と内部静振の2種類が観測されています。 表面の波である外部静振は回転の影響が明瞭には出ませんが、躍層の波である内部静振には回転の影響がはっきり出ます。 これは、表面の波は伝播が速く数時間以内に琵琶湖全体に到達するのに対して、躍層の波は伝播が遅く数日を要するという違いに起因しています。

 一般論として、物理現象の持続時間や反復周期が、回転に要する時間よりも非常に短い場合には、回転の影響は目立ちません。 外部静振は、地球の自転周期より速く伝わりきってしまうため、地球の回転(自転)の影響が小さくなるわけです。

【コリオリの力の定量について】

 クイズ形式の解説パネル「日常生活におけるコリオリの力」で示している計算結果は、前提となる距離や速度の数値が「大体の値」でしかないため、結果もかなり「大雑把」な値です。 従って、例えば「10」という数字が示してあれば、それは「0.1でも1000でもなく、5か10か30といったあたりの値」という程度に理解してください。 「9か10か11か」を争うような厳密な数値ではありません。

3―4 層のある湖

リニューアル前に琵琶湖博物館のWebで公開していた解説文
お風呂をわかし、かきまぜずにおいておくと、水面近くに暖かくて軽い水、底のほうに冷たくて重い水が集まります。 太陽熱で水が暖められる夏の琵琶湖でも、同じようなことが起こっているのです。 水面から湖底にかけて水温を測ってみると、水が急に冷たくなるところがあります。 これを「躍層」と呼んでいます。 琵琶湖の中ではどのようにして躍層ができ、躍層があるためにどのようなことがおこるのでしょうか。

【内部波の実演装置について】

 解説パネルでは「2種類の水」と表現していますが、実際に上の層に入っているのは灯油です。 真水と塩水などを使う方が実際の湖沼で起っている現象に近いのですが、長時間置いておくと混ざってしまうため、水と灯油を用いています。 表面張力に若干の違いがありますが、層の間に波ができるという本質には違いは無いということを御理解ください。

【躍層の厚みについて】

 躍層は琵琶湖全体の中で見ると「そこで水温が急変する」と言うべきものですが、細かく見ると、数十cmの厚みの中で徐々に水温が変化しています。

 また、躍層の上下の各層の中も決して水温が一様になっているわけではなく、例えば上層では、表面付近よりも躍層に近い部分の方が水温が低くなっています。 このような躍層の「影響圏」とも呼ぶべき部分の厚みは、数m以上にもなります。

 琵琶湖では、内部波による躍層の上昇で実際に死亡事故が起っていますが、水泳者の足が躍層の下へ突き抜けてしまったのではなく、表面に比べて冷たい躍層付近の水(躍層の下の水よりは圧倒的に暖かい)に触れたのだと考えられます。

3―5 混ざりにくい湖

リニューアル前に琵琶湖博物館のWebで公開していた解説文
琵琶湖をはじめとする湖や海の水は、コップの水のように簡単には混ざりません。 それは、大きすぎて時間がかかるからです。 たとえば、コップの中なら1分で混ざるものを琵琶湖に入れると、全部混ざるのに1000万年もかかってしまいます。 そのうえ、湖や海には、かきまぜるスプーンの役割をするものがありません。 このように水が混ざりにくい湖や海では、どのようなことが起こるのでしょう。

【衛星画像のデータについて】

 衛星画像で表現されているのは、琵琶湖から反射されてくる、太陽の黄色い光の強さです。 現実問題として、海洋や湖沼から発せられるこの光の強さは、水中の懸濁物の量でほとんど決まるため、これを「琵琶湖の濁りのデータ」と考えても差し支えないわけです。 紫の部分が最も濁っており、青→緑→黄と進んで、赤い部分が最も澄んでいます。

 なお、このような濁りは数日で収まると考えられるものです。 また、濾し取ってしまえば、飲用上有害なものではありません。 決して「琵琶湖の汚れ」を表現しているものではないことに注意してください。

【琵琶湖の湖底地形について】

 レリーフ模型でも示されているように、琵琶湖の尤もらしい地形模型(BおよびC)というのは鉛直誇張されたものであり、実際にはAの模型のように、ほとんど平面に近いようなものです。

 しかしながら、湖水は、この薄っぺらい湖盆の中できれいに成層しています。 つまり、湖水は100mも離れていない上下の層へは簡単に移動できないのに、各層の中で水平的に数十kmも離れた遠方へは簡単に移動できるのです。


1999年9月30日WWW公開用初稿/2017年8月3日ホスト移転・冒頭説明文修正

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