回転実験室の実験「牛乳のカーテン」について

 この文章は、琵琶湖博物館で1997年8月5日に実施した観察会行事「回転実験室応用編」に際して、実験からは直ちには理解困難な理論的事項をまとめたものです。 行事の主たるターゲットである小学生には程度の高い内容ですが、「高校生くらいになったときに思い出して読んでみて『あ、そういうことだったのか』と思ってもらえれば良いので、今日のところは、とりあえず持って帰ってください」と言って配布しました。

 なお、1999年から2015年まで毎年8月に回転実験室で実施してきた観察会行事(2002年度から博物館講座)「回転実験室で水槽実験を!」(内容は1997年と同じ)でも同じ資料を配布しています。


 コップの中で水がカーテンのようになることはTaylorという人が見つけたので「テイラーの柱」と呼んでいます。 部屋全体が回転している時には、水は上下にとなりあっている水と同じように動こうとします。 垂らした牛乳は、たてに並ぶわけですが、上下にとなり合った水が同じように動けば、どのように動いてもたてに並んでいることには変りはありません。 そのため、カーテンのようになるのです。

 では、「部屋全体が回転している時、上下にとなりあっている水と同じように動こうとする」のはなぜでしょうか? 順を追って考えてみましょう。

牛乳を落とす → カーテン

回転があるときの、水面の凸凹と流れとの関係

 何かの理由で、流れができたとしましょう。 コリオリの力が働いて、北半球では水が右へ押されます。 押された水に行き場があれば良いのですが、無ければそこに集まるしかありません。 水が集まれば水面が高くなります。 すると、水が高い方から低い方へ流れようとする力が働きます。 結局、水面の凸凹を解消しようとする力とコリオリの力とがバランスしたところで落ち着きます。

流れ始め → 流れから地衡流

 逆に何らかの理由で水面に凸凹ができたとしましょう。 すると水は高い方から低い方へ流れようとします。 この流れがコリオリの力で曲げられると、北半球では水面の高い方を右に見る流れになります。 この流れに働くコリオリの力は、水が低い方へ流れようとするのを止める向きに働き、バランスしたところで落ち着きます。

傾き始め → 傾きから地衡流

 つまり、どちらにしても水面が盛り上がっている方を北半球では右に見る向きに流れができたところで落ち着きます。 このような流れを地衡流と呼んでいます。

 私たちの身の回りの水の流れでは、コリオリの力が小さいので、このように落ち着く前に、流れがおさまってしまったり、水面の凸凹が無くなってしまったりして、地衡流にまでなることはまずありません。 ところが、琵琶湖くらいの大きさになると、時間と距離をたっぷり使って水面の凸凹や流れを作れるので、大きな流れは地衡流になります。 また、回転実験室ではコリオリの力が大きいので、やはり地衡流になります。

地衡流は上と下とで同じになる

 地衡流ができるようなとき、水面よりずっと下の方の水はどうなるのでしょうか? 水面の凸凹はそのまま下まで水圧として伝わります。 つまり、低い方へ流れようとする力は上にも下にも同じようにかかります。 従って、上でも下でも同じコリオリ力が働かないとバランスしません。 そのためには上も下も同じように流れなければなりません。 もし同じように流れていなければ、たちまちバランスが崩れ、流れや水面の凸凹の様子が変わって、バランスするところに落ち着きます。

地衡流は等深線に沿って流れる

 上下にとなり合った水が同じように動くということは、底の水が湖底地形にひっかかって動けなくなれば、表面の水もおつきあいで動けなくなるということです。 湖底が斜面になっていれば、斜面を登ることはできません。 また、降りることもできません。 降りるためには、入れ替わりに同じ量の水が登って来なければならない(さもないと、斜面の上半分から水が無くなってしまう)のですが、それが無理だからです。 結局、水は等深線に沿ってしか動けないのです。

 実際、九州四国沖や東シナ海の黒潮、あるいはアメリカ東海岸南部沖のメキシコ湾流は、200mの等深線に沿って流れる傾向があることが知られています。

琵琶湖の環流が夏にみられる理由

 実は、このテイラーの柱が簡単につぶれることがあります。 それは、上の水と下の水との密度が極端に違うとき、つまり成層しているときです。このときは、上下の水の境界の凸凹で、水面の凸凹の水圧を打ち消すことができるので、テイラーの柱はこの境界で切れてしまうことができるのです。

 琵琶湖の環流が夏にしかみられないことはこのことから説明できます。 夏には琵琶湖は成層しているので、表面付近の水だけが好きなように動けるのですが、冬には琵琶湖は強く成層していないので、コリオリの力の影響を受けるような大きな流れは、湖底地形に沿うようにしか起りません。 琵琶湖の湖底地形は真ん丸ではなく湖西に寄っています。 そのため、真ん丸の環流はできないのです。


1999年9月30日WWW公開用初稿/2017年8月3日ホスト移転・冒頭説明文修正

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