「近畿」の範囲をめぐって

 地理の教科書などでは、「近畿地方」を 兵庫・大阪・京都・和歌山・奈良・滋賀・三重の2府5県と定義しています。 読売新聞の「ものしり百科」のページにある解説によると、 この用語が出現するのは明治も後半に入ってからで、 国定教科書に採用されて地理教育で使われたことによって定着したようです。
 でも、三重県って名古屋圏に分類されることも多いんですよね。 そういう意味で、三重県を除外した「近畿2府4県」という表現が 使われることも珍しくありません。 そういえば、NHKのテレビ放送で大阪発のローカルニュースが 日常的に流れるのはこの6府県ですし、 在阪の民放4VHF局の放送エリアもこの6府県です。
 そうかとかと思うと、一方では「近畿2府7県」なんていう 拡大表現もあります。福井県と徳島県を入れてしまうんですね。 海を隔てた徳島県を「近畿」と呼ぶのには少々抵抗がありますが、 「関西文化圏」には 間違いなく含まれることを考慮したものでしょう。 テレビ電波も「大阪の放送局+固有民放1局」ですし。
 とまあ、こんなふうに範囲がハッキリしない「近畿」ですが、 これについて種々の側面から考えてみましょう。

「近畿」という語義からの考察

 そもそも「近畿」というのは“畿内”に近い地域という意味です。 “畿内”というのは、古代の律令における「首都圏」のようなもので、 大和・山城(山背)・摂津・河内・和泉の5ヶ国です。
 そこで、まず手始めとして、 畿内五国に“陸続きで接する”国を考えてみましょう。 すると、播磨・丹波・近江・伊賀・伊勢・紀伊が該当することがわかります。 そして「この6国または畿内五国のどれかを含む都道府県」は、 例の「近畿2府5県」に見事に一致してしまいます。
 まあ、まさかこんな考え方で「近畿地方」を決めたわけではないでしょうが、 「畿内に近い」という基本的な考え方は共通でしょうから、 半分偶然半分必然といったところでしょうか。

「延喜式」の「近国」

 「律令」なんていう古めかしいものを持出したついでなので、 もう1つ歴史的なものを持出してみましょう。
 「律令」と一口に言いますが、実は1つのものではなく、 多数の「律」と多数の「令」から成り立っています。 「律」は統制や処罰について定めた法令で、 「令」は行政組織について定めた法令です。 いずれも7世紀に整備されたものですが、 その後の運用の中で実情に合わない部分が出てきて、 8世紀ごろから盛んに修正や補足の命令が出されました。 そして、10世紀に入ってこれらを法典としてまとめる作業が進められ、 「律令」に対する修正をまとめた「格」と 補足細目をまとめた「式」が作られました。 以上をまとめて「律令格式」と呼びます。
 「格式」の編纂は2回行われているようですが、 このうち後でまとめられた「延喜格」「延喜式」は、 「昔からの律令制度」を論ずる場合の規範として後世まで使われ、 特に「延喜式」は古代の社会状況を知るための基礎史料として 現在も頻繁に使われています。
 さて、「延喜式」では、畿内五国以外の国を 「近国」「中国」「遠国」の3種類に分類しています。 都からの距離に応じて、公文書の提出期限などを分けていたようです。 「近国」と「中国」の一覧表を以下に示します。 「遠国」は数が多いので省略しますが、 要するに以下に出てこないのが「遠国」です。
「近国」 「中国」
東海道 伊賀・伊勢・志摩・尾張・三河 遠江・駿河・伊豆・甲斐
東山道近江・美濃飛騨・信濃
北陸道若狭越前・加賀・能登・越中
南海道紀伊・淡路阿波・讃岐
山陽道播磨・備前・美作備中・備後
山陰道丹波・丹後・但馬因幡・伯耆・出雲
西海道 (該当なし) (該当なし)
参考資料:日本史広辞典(山川出版社)

 見たところ、「畿内」+「近国」で現在の「近畿地方」を包含していますが、 現代の感覚では「近畿」とは到底言えないところが入ってきますね。 特に名古屋圏の3県(岐阜・愛知・三重)が 概ね「近国」に入ってしまうという点は、 「近畿」と大きく違ってしまう部分ですね。

中央官庁の定義する「近畿」

 中央官庁が出先機関(地方支分部局)の 管轄をどのように決めてどう命名しているかをみてみましょう。 まず、三重県は基本的に名古屋管内であることがわかります。 唯一の例外として、林野庁森林管理局では三重県が大阪管内で 「近畿中国」に属していますが、これは 「山のつながり具合」で管轄を決めているゆえのものです。 つまり、三重県が「近畿」に入る例は基本的に存在しません。
 にもかかわらず、「近畿圏整備法」「中部圏整備法」では、 福井県・滋賀県と並んで三重県も「近畿と中部の両方に属する」ことにしています。 やはり、三重県を「完全に中部に入れてしまう」のは おかしいという感覚があるんですね。
 ちなみに、滋賀県は同じ意味で逆の例で、 出先機関の管轄では例外無く大阪管内(=「近畿」に属する)にも関わらず、 中部圏との両属になっています。 まあ実際、湖北地方は大垣あたりとの結びつきが強いですし、 三重県とのバランス上両属にせざるを得ない面もあるでしょう。
 なお、福井県は原則として名古屋管内か、名古屋から独立した「北陸」ですが、 2001年の省庁再編直前の段階では、以下については近畿扱いになっています。
総務庁管区行政監察事務局・厚生省地方医務局・ 運輸省運輸局の海事部門・海上保安庁管区海上保安本部・ 建設省地方建設局・通商産業省通商産業局



2000年12月31日WWW公開用初稿/2001年12月31日最終改訂/2012年7月17日ホスト移転

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